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		<title>幻想小説・酔中花</title>
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		<description>人間に興味を持った妖精のラーラが現在過去未来と遊びながら、少しづつ人間を理解していきます。</description>
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		<title>第三部　無住心　21．22．</title>
		<description>21


　お鶴は元気になった。

　五郎右衛門はお鶴が寝ている間は木剣を持たず、彼女の看病と座禅をやっていた。座禅の中で、ひたすら、自分を殺していた。

「御免なさいね。あなたの剣</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">21</span></P>
<br />
<br />
<br />　お鶴は元気になった。
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴が寝ている間は木剣を持たず、彼女の看病と座禅をやっていた。座禅の中で、ひたすら、自分を殺していた。
<br />
<br />「御免なさいね。あなたの剣の修行を、あたし、台なしにしちゃったわね。すみませんでした」
<br />
<br />「他人行儀な事を言うな」
<br />
<br />「そうか‥‥‥そうね。ありがとさん」
<br />
<br />「わしもお前のお陰で、少しわかりかけて来たんじゃ」
<br />
<br />「そう、あたしのお陰？」
<br />
<br />「ああ、ありがとう」
<br />
<br />「何だか、二人とも変ね」
<br />
<br />「死にぞこなったからのう」
<br />
<br />「生まれ変わったのね、きっと」
<br />
<br />「そうじゃな」
<br />
<br />「今日は祝い酒よ。久し振りに思いきり飲みましょ。ね、やりましょ。あたし、お寺からお酒いただいて来るわ」
<br />
<br />　お鶴は嬉しそうに撥ねるように出掛けた。
<br />
<br />　五郎右衛門は久し振りに木剣を振ってみた。
<br />
<br />　今までとは違っていた。剣がすんなりと自然に振れる。
<br />
<br />　心の中も静かに落ち着いていて、澄み切っているようだ。
<br />
<br />　今まで目につかなかった小さな花や草、そして、樹木の緑が鮮やかに目に入る。
<br />
<br />　和尚が『回りをよく見ろ』と言った意味が初めてわかった。
<br />
<br />　今までは見ていたつもりだったが、何も見ていなかった。
<br />
<br />　ただ、目を開けていただけで、何も目に入らなかった。
<br />
<br />　今は違う。
<br />
<br />　まるで、世界が変わったかのようだった。
<br />
<br />　鳥の鳴き声‥‥‥
<br />
<br />　虫の鳴き声‥‥‥
<br />
<br />　小川のせせらぎ‥‥‥
<br />
<br />　すべて、自然のものが自然のままに感じられた。
<br />
<br />　そして、剣‥‥‥
<br />
<br />　構えあって構えなし‥‥‥
<br />
<br />　自然に‥‥‥
<br />
<br />　分別なく‥‥‥
<br />
<br />　心の念ずるままに‥‥‥
<br />
<br />　ただ、振り下ろすのみ‥‥‥
<br />
<br />　久し振りに和尚がやって来た。
<br />
<br />「どうじゃな？　ほう‥‥‥何か、つかんだようじゃのう」
<br />
<br />「わかりますか？」
<br />
<br />「うむ。顔を見りゃわかる」
<br />
<br />「和尚、お願いします。もう一度、立ち合って下さい」
<br />
<br />　和尚はうなづいた。
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を清眼（せいがん）に構えて、和尚に向かい合った。
<br />
<br />　和尚は相変わらず、杖を突いたまま五郎右衛門を見ている。
<br />
<br />　二人とも、そのまま動かず、時は流れた。
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を下ろし、
<br />
<br />「いかがですか？」と訊いた。
<br />
<br />「相打ちじゃな」
<br />
<br />「はい」
<br />
<br />「どうやら、わかったようじゃな。心（しん）、体（たい）、業（ぎょう）が一つになっとる」
<br />
<br />「和尚さんのお陰です」
<br />
<br />「なに、わしは剣の事など知らん。もし、最初の立ち合いの時、おぬしが打ち込んでいたら、わしは死んでいたじゃろう」
<br />
<br />「しかし、わしにはどうしても打ち込めなかった‥‥‥」
<br />
<br />「それは、おぬしが強すぎるからじゃ」
<br />
<br />「強すぎるから？」
<br />
<br />「おぬしは鏡に向かって、自分を相手に戦っていたようなもんじゃ。一度目の時、おぬしは相手を殺そうとしていた。相手を殺すという事は、自分は殺されたくはないという事じゃ。殺そうとする自分と殺されたくないという自分が、おぬしの中で戦っていて、どうする事もできなかったんじゃ。今度の時は、おぬしはまず、自分を殺した。そして、相手も殺す‥‥‥相打ちじゃ」
<br />
<br />「はい、その通りです」
<br />
<br />「まあ、理屈では何とでも言える。今日はな、おぬしと酒を飲もうと思ってやって来たんじゃ。まあ、やろうじゃないか」
<br />
<br />「はい。今、お鶴がお寺に行きませんでしたか？」
<br />
<br />「来た。今、犬と遊んでおるわ」
<br />
<br />「犬と？」
<br />
<br />「ああ、本気になって犬と遊んどるよ。あれは面白い女子（おなご）じゃ。こだわりがちっともないからのう。その時、その時の気分しだいで生きている。色々と苦労して来た女子じゃが、まるで、子供のように、ちっとも汚れとらん。綺麗なまんまじゃ。あの女子は禅そのものじゃよ。禅が着物を着て歩いてるようなもんじゃ」
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/022b94ad.10d4b65b.03a2574f.9ce57388/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f1596202%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f11193041%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f3931%2f39314409.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f3931%2f39314409.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">22</span></P>
<br />
<br />
<br />「本物の剣術というのは一生のうちに一度だけ使うものです」と五郎右衛門は酒を飲みながら和尚に言った。
<br />
<br />「その使い道も三通りしかありません。一つは戦場での太刀打ち。二つ目は泰平の時、主君の命によって罪人を斬る時。三つ目はどうしても避けられない喧嘩の時です。この他に剣術を使う時はありません。そして、三つとも、その場での相打ちの死は武士として恥ずべき事ではありません。戦場においては一人でも多くの敵を滅ぼす事が主君に対しての忠ですから、臆病になって命を惜しんだり、敵に討たれて、その敵に逃げられたり、流れ矢に当たって敵を斬る事なく死ねば、それは恥となります。しかし、敵と相打ちになって死ぬ事は恥ではありません。主君の命によって罪人を討つ時も、もし、自分が罪人に斬られ、その場で死に、罪人を取り逃がす事になれば恥となりますが、自分の命を捨てて罪人を討ち捨てるならば恥にはなりません。喧嘩でも相打ちは見よき、聞きよきものです。敵を殺して勝ったとしても、敵の兄弟、子供らが憎しみを持って仇（かたき）を討ちに来ます。相打ちで両方が死んでしまえば仇討ちなどなくなります」
<br />
<br />「おぬしが剣を抜いた時、それは、おぬしの死というわけじゃな？」
<br />
<br />「そうです」
<br />
<br />「それもいいじゃろう。じゃがな、ちょっと、おぬしに面白い話をしてやろう。
<br />
<br />　昔、ある寺に大ネズミが住み着いたんじゃ。その大ネズミは昼間っから、人前に出て来て暴れ回った。仏像は倒す、お経は食い散らかす、お供え物はみんな食ってしまう。坊主たちが座禅してれば調子に乗って頭の上に乗ってくる。坊主が総出で捕まえようとしても、とても手に負えん。仕方なく、近所から猫を何匹か借りて来て離してみたんじゃが、どの猫もその大ネズミには歯が立たんのじゃ。困り果てていると檀家（だんか）の一人が、どんなネズミでも必ず捕るという猫を持って来た。その猫を見ると、どう見てもネズミを捕るような勇ましい猫には見えんのじゃ。老いぼれて、ぼんやりとした気の抜けたような頼りない猫じゃった。しかし、せっかく持って来てくれたのじゃから、とにかく、やらせてみろという事になった。ところが、その猫を離すと今まで暴れていた大ネズミがすくんでしまって、まったく動けんのじゃよ。老いぼれ猫はのそのそと動くと簡単に大ネズミをくわえてしまったんじゃ。それは、あまりにもあっけなかったわ。
<br />
<br />　そして、その夜の事じゃ。坊主たちが寝静まった頃、猫どもがその老いぼれ猫を中心にして討論会を開いたんじゃ。まず、初めに口を切ったのは若くて鋭い黒猫じゃった。
<br />
<br />『わたしは代々、ネズミを捕る家に生まれ、幼少の頃から、その道を修行し、早業、軽業、すべてを身に付け、桁（けた）や梁（はり）を素早く走るネズミでも捕り損じた事がなかったのに、あのネズミだけはどうしても‥‥‥』と悔しがった。
<br />
<br />　老いぼれ猫はそれを聞いて、黒猫に対して、こう答えたんじゃ。
<br />
<br />『お前が修行したというのは手先の技だけである。だから、隙（すき）に乗じて技を掛けてやろうとして、いつも狙っている心がある。古人が技を教えるのは形だけを教えているのではない。その形の中には深い真理が含まれているんじゃ。その真理を知ろうとせず、形式上の技だけを真似るようになると、ただの技比べという事になり、道や理に基づかんから、やがて、それは偽りの技巧となり、かえって害を生ずる事となる。その点を反省して、よく工夫するがいい』とな。
<br />
<br />　次には、いかにもたくましくて強そうな虎毛の大猫が出て来て言った。
<br />
<br />『わしが思うには武術というものは要するに気力です。わしはその気力を練る事を心掛けて参りました。今では気が闊達至剛（かったつしごう）になり、天地に充満する程です。その気合で相手を圧倒し、まず勝ってから進み、相手の出方次第で自由に応戦し、無心の間に技がおのずから湧き出るような境地になりました。ところが、あのネズミだけは、わしにもどうする事もできませんでした』
<br />
<br />　老いぼれ猫はそれに対して、こう答えた。
<br />
<br />『お前が修練したのは、気の勢いによっての働きで、自分に頼む所がある。だから、相手の気合が弱い時はいいが、こちらよりも気勢の強い相手では手に負えんのじゃ。あのネズミのように生死を度外視して、捨て身になって掛かって来る者には、お前の気勢だけでは、とても歯が立たん』
<br />
<br />　次には、少し年を取った灰色の猫が出て来て言った。
<br />
<br />『まったく、その通りだと思います。わしもその事に気づいて、兼ねてから心を練る事に骨折って参りました。いたずらに気色ばらず、物と争わず、常に心の和を保ち、いわば、暖簾（のれん）で小石を受ける戦法です。これは、どんなに強いネズミも参ったものですが、あのネズミだけはどうしても、こちらの和に応じません。あんな物凄い奴は見た事もありません』
<br />
<br />　老いぼれ猫は答えた。
<br />
<br />『お前の言う和は自然の和ではない。思慮分別（しりょふんべつ）から和そうと努めている。分別心から和そうとすれば、相手は敏感にそれを察知してしまう。わずかでも思慮分別にわたって作為する時は、自然の感をふさぐから、無心の妙用など到底、発揮できるものではない。そこで思慮分別を断って、思う事なく、為す事もなく、感にしたがって動くという工夫が必要じゃ。けれども、お前たちの修行した事が無駄かというと決してそうではない。技といえども自然の真理の現れであるし、気は心の用をなすものじゃ。要は、それらが作為から出るか、無心から自然に出るかで、天地の隔たりができるのじゃ。しかし、わしのいう所を道の極致だと思ってはならん。
<br />
<br />　わしがまだ若かった頃、隣村に一匹の猫がいて、朝から晩まで何もしないで居眠りばかりしておった。さっぱり気勢も上がらず、まるで木で造った猫のようじゃった。誰も、その猫がネズミを捕ったのを見た事もない。けれども不思議な事には、その猫のいる近辺には一匹のネズミもいなくなるんじゃ。ネズミが密集している所へ連れて行っても同じで、たちまち、ネズミは一匹もいなくなってしまう。わしはその猫にその訳を聞いてみたが、ただ笑うだけで答えてくれなかった。いや、答えなかったのではなく、答えられなかったのじゃ。その猫こそ、本当におのれを忘れ、物を忘れ、物なきに帰した、神武にして殺さずの境地じゃ。わしなどのとても及ぶ所ではない。皆さんも頑張るように』と老いぼれ猫はのそのそと帰って行ったそうじゃ。
<br />
<br />　どうじゃな？　今のおぬしは老いぼれ猫じゃな。どうする？　まだ、上があるぞ」
<br />
<br />「どういう事じゃ？　剣を構えただけで敵が逃げ去るというのか？」
<br />
<br />「いや。剣など構えとらんぞ。ただ、居眠りしているだけじゃ」
<br />
<br />「そんな事、信じられん」
<br />
<br />「信じようと信じまいとおぬしの勝手じゃ。黒猫の業。虎猫の気、いわゆる体の事じゃ。そして、灰色猫の心。今のおぬしは、この『心』『体』『業』を兼ね備えて一つになった。しかし、まだまだじゃ。おぬしの言う『相打ち』自分を殺し、相手を殺すというのは、まだ、殺人剣（せつにんけん）の枠を出ん。剣には『殺人剣』と『活人剣（かつにんけん）』がある」
<br />
<br />「活人剣？　それはどんなものです？」
<br />
<br />「字の通り、人を活かす剣じゃ。最後に出て来た眠り猫の境地じゃ。言葉で言えるようなものではない。後は自分で考えるんじゃな」
<br />
<br />「活人剣‥‥‥」
<br />
<br />「さてと、わしは帰るかのう」と和尚は立ち上がった。
<br />
<br />　帰りがけに、和尚は五郎右衛門の背中に鋭い声を掛けて来た。
<br />
<br />「五郎右衛門！」
<br />
<br />「はい」と五郎右衛門は振り返った。
<br />
<br />「それじゃよ。それが極意じゃ」と和尚は笑って、帰って行った。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-09-26T13:02:09+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-53.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-53.html</link>
		<title>第三部　無住心　23．24．</title>
		<description>23


　五郎右衛門が木剣を構えて、空を睨んでいると、「五エ門さ〜ん」とお鶴が帰って来た。

　風呂敷包みと酒を抱えながら、川の中を歩いて来る。

「走ってきたら疲れちゃった」とお</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">23</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門が木剣を構えて、空を睨んでいると、「五エ門さ〜ん」とお鶴が帰って来た。
<br />
<br />　風呂敷包みと酒を抱えながら、川の中を歩いて来る。
<br />
<br />「走ってきたら疲れちゃった」とお鶴は笑った。
<br />
<br />「何じゃ、それは？」
<br />
<br />「あたしの所帯道具よ。あたしが寝ていた時、色々とお世話になったからさ。あたし、そういうのに弱いでしょ。だから、今度はあたしがあなたのお世話をするの。押しかけ女房よ。嬉しい？」
<br />
<br />「その酒は嬉しいがの、お前はうるさいからいい」
<br />
<br />「言ったわね。嫌いよ、あんたなんか！　あたし、もう帰る！」とお鶴はプイと膨れて、岩屋の中に入って行った。
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴の後姿を見ながら笑うと、また、木剣を構えた。
<br />
<br />「ねえ、この中、お掃除するわよ」と岩屋の中からお鶴が言った。
<br />
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">24</span></P>
<br />
<br />
<br />　掃除が終わるとお鶴は洗濯を始めた。わけのわからない歌を陽気に歌っている。
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を構えたまま、そんなお鶴を見ていた。
<br />
<br />　‥‥‥あの女はこだわりがちっともないからの。その時、その時の気分次第で生きている。
<br />
<br />　あの女は禅そのものじゃよ。禅が着物を着て歩いているようなもんじゃな‥‥‥
<br />
<br />　活人剣‥‥‥人を活かす剣とは？
<br />
<br />　眠り猫か‥‥‥
<br />
<br />　わからん‥‥‥
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を下ろし、お鶴の方に行った。
<br />
<br />　お鶴は歌を歌いながら洗濯に熱中していた。五郎右衛門が後ろに立っても気がつかない。
<br />
<br />　お鶴の洗濯している姿を見て、五郎右衛門は隙がないと思った。
<br />
<br />　試しに木剣を構えてみた。
<br />
<br />　彼女を斬ろうと思えば、簡単に斬る事はできるじゃろう。
<br />
<br />　しかし、今のわしは彼女を斬る事はできない。
<br />
<br />　当たり前じゃ。
<br />
<br />　相手は女だし、丸腰じゃ。
<br />
<br />　しかも、何の敵意も持っていない。
<br />
<br />　そんな相手を斬れるわけがない。
<br />
<br />　もし、お鶴がここで、わしの存在に気づいて振り向き、わしを見て、恐れを感じたら、そこに隙が生じる‥‥‥
<br />
<br />「お鶴」と五郎右衛門は呼んでみた。
<br />
<br />　お鶴は歌をやめ、後ろを振り返った。
<br />
<br />「びっくりしたあ。何やってんの？」
<br />
<br />「お前を相手に剣術の稽古じゃ」
<br />
<br />「今はダメよ、忙しいんだから。それより、あなた、お魚を捕ってよ。いっぱい泳いでるわ。今晩のおかずにしましょうよ」
<br />
<br />　お鶴はまた、洗濯を始めた。
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を下ろした。
<br />
<br />　わしがこんな事やったって、お鶴が驚くわけないか。
<br />
<br />　もし、わしじゃなくて、知らない男だったら、どんな反応するんじゃろうか？
<br />
<br />　逃げようとするか？
<br />
<br />　攻撃しようとするか？
<br />
<br />　何もしないで洗濯を続けるか？
<br />
<br />　逃げようとすれば斬られる。
<br />
<br />　攻撃しようとしても斬られる。
<br />
<br />　何もしないで洗濯をしていても‥‥‥やはり、斬られるか‥‥‥
<br />
<br />「お鶴、お前が歌ってるのは何の唄じゃ？」
<br />
<br />　五郎右衛門は洗濯しているお鶴の背中に声を掛けた。
<br />
<br />「いい歌でしょ？　今、流行ってるのよ」
<br />
<br />「流行り唄か‥‥‥聞いた事もないな」
<br />
<br />「あなたは遅れてるのよ」
<br />
<br />「確かに、わしは遅れているが‥‥‥随分、調子のいい唄だな」
<br />
<br />「百恵ちゃんの歌よ」
<br />
<br />「百恵ちゃん？」
<br />
<br />「うん。今、一番、流行ってんだから」
<br />
<br />「お前はよく、そんな唄、知ってるな」
<br />
<br />「これでも、あたしは芸人だったのよ。流行り歌なら何でも知ってるわ。今晩、聞かせてあげるわね。あなたも歌の一つくらい覚えた方がいいわよ。最近ね、江戸に吉原っていう大きな花街ができたんですって。そこに行った時、歌の一つも歌えなかったら、みんなから笑われちゃうわ。せっかく、いい男なんだから、歌くらいできなくちゃ。あたしが教えてあげるわ」
<br />
<br />「唄なんかいい」
<br />
<br />「ダメ。剣ばかりやっててもダメ。もっと、心に余裕を持たなくちゃ。うん、そうだわ、歌が一番いいわ。たとえばね、あなたが誰かに喧嘩を売られたとするでしょ。相手は刀を抜くわね。その時、あなた、陽気に歌を歌うのよ。そうすれば、相手だってさ、喧嘩する気なんかなくなっちゃうじゃない」
<br />
<br />「それじゃあ、わしが馬鹿じゃねえか」
<br />
<br />「馬鹿だっていいじゃない。喧嘩をすれば、あなたは相手を斬っちゃうでしょ。相手は痛い思いをするし、あなただって嫌な気分になるでしょ。それが、あなたが馬鹿になるだけで、その場が丸く治まるのよ。ね、それよ、それが一番いいわ。ね、そうでしょ？」
<br />
<br />「そうじゃな、しかし‥‥‥」
<br />
<br />「しかしじゃないの。あなたは強いんだから、一々、それを見せびらかす必要はないのよ。ね、馬鹿になりましょ。それに決まりよ‥‥‥さて、洗濯も終わったわ。あたし、ご飯の支度をするから、あなた、お魚、お願いね」
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/04ca5722.fdf9be3f.04ca5723.a3309322/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fd-sound%2f4948722000001%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fd-sound%2fi%2f10005246%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fd-sound%2fcabinet%2f4948722000001.jpg%3f_ex%3d200x200&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fd-sound%2fcabinet%2f4948722000001.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a></P> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-09-27T12:59:25+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-54.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-54.html</link>
		<title>第三部　無住心　25．26．</title>
		<description>25


　その晩、五郎右衛門は無理やり、お鶴にわけのわからない唄を歌わせられた。

　お鶴は横笛を吹いた。陽気な唄とは打って変わって、その笛からは物悲しい調べが流れた。唄が彼女の表面を現しているのなら、笛は彼</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">25</span></P>
<br />
<br />
<br />　その晩、五郎右衛門は無理やり、お鶴にわけのわからない唄を歌わせられた。
<br />
<br />　お鶴は横笛を吹いた。陽気な唄とは打って変わって、その笛からは物悲しい調べが流れた。唄が彼女の表面を現しているのなら、笛は彼女の内面、心から湧き出して来るような感じだった。
<br />
<br />　彼女の生きざま、悲しさ、苦しさ、寂しさ、そして、それを乗り越えて来た優しさと強さ、それらがしみじみと五郎右衛門の胸に伝わって来た。その調べの中には時折、彼女が持って生まれた楽天的な陽気さも顔を出すが、それが返って、上っ面だけの悲しみではなく、より深い悲しみに聞こえた。
<br />
<br />　五郎右衛門は酒を傾けながら、お鶴の笛に聞き入っていた。笛が奏でる世界に浸り切っていた。
<br />
<br />　お鶴は無心に笛を吹いていた。その姿は美しかった。お鶴だけでなく、人が何かに熱中している姿というのは美しいのかもしれない。
<br />
<br />　そこには隙がない。
<br />
<br />　無心‥‥‥
<br />
<br />　今のお鶴は笛を意識していない。そして、滑らかに動いている指も、笛の穴を押さえている事さえ忘れているに違いない。
<br />
<br />　お鶴は笛を吹いている事を忘れ、笛もお鶴に吹かれている事を忘れている。
<br />
<br />　お鶴という女は消え、笛という物も消え、一つになって、音だけが残る‥‥‥
<br />
<br />　ふと、五郎右衛門は気がついた。今まで悲しい調べだと思っていたが違う。確かに悲しく、寂しげに聞こえる。だが、それだけじゃない。ただ、それだけだとしたら、聞いてる方はしんみりとなって、心が沈んでしまうだろう。しかし、彼女の曲を聞いていてもそうはならない。なぜか、心が和らぎ、さわやかな気分になる。優しく、ふんわりと包み込んでくれるような、何とも言えない快い気分になって来る。
<br />
<br />　はるか昔、子供の頃、世の中の事も何も知らず、野山で遊んでいた頃の自分が知らず知らずに思い出されて来た。優しい母親、強い父親に囲まれて、毎日、幸せに暮らしていた。わしにもそんな頃があったんじゃ‥‥‥と改めて思い出された。今まで、そんな事を思い出した事は一度もなかった。思い出す事といえば、父と母が殺された事、そして、仇を討つために剣の修行を始め、それからは寝ても覚めても剣の事だけじゃった。わしだけでなく、誰もが、そんな子供の頃の事など忘れ去っているじゃろう。お鶴もきっと、幸せな子供時代があったに違いない。だから、こういう曲が吹けるのじゃろう。
<br />
<br />　不思議な曲じゃ。この曲を聞いたら、どんな荒くれ野郎でも、おとなしくなって、子供の頃の自分に帰るかもしれない。
<br />
<br />　和尚が言った眠り猫の境地じゃろうか‥‥‥
<br />
<br />　いや、それ以上かもしれん。お鶴の場合だったら、ねずみと一緒になって遊んでいる猫じゃろう。
<br />
<br />　わからんオナゴじゃ‥‥‥
<br />
<br />　お鶴は静かに笛を下ろした。そして、着物の袖で目を拭いた。
<br />
<br />「あたし、馬鹿みたい‥‥‥自分で吹いてて、自分で泣いてるわ。どうだった？」
<br />
<br />「綺麗じゃった」
<br />
<br />「曲が？」
<br />
<br />「曲も、お前も」
<br />
<br />「うまいのね」
<br />
<br />「大したもんじゃ」
<br />
<br />「ありがとう」とお鶴は五郎右衛門に抱き着いて来た。
<br />
<br />「おい、酒がこぼれる」
<br />
<br />「ねえ、五エ門さん。あたし、本気であなたに惚れちゃったみたい。どうしよう？」
<br />
<br />「どうする事もないじゃろ」
<br />
<br />「だって、あなた、いつか、ここを出て行くんでしょ？」
<br />
<br />「ああ。いつかはな」
<br />
<br />「その時、あたしはどうなるの？」
<br />
<br />「お前はずっと、この山にいるのか？」
<br />
<br />「どうしようか？　連れてってくれる？」
<br />
<br />「お前は押しかけ女房じゃろう」
<br />
<br />「じゃあ、あたし、一緒にいてもいいのね？　ずっと、一緒にいてもいいのね？」
<br />
<br />「ああ」
<br />
<br />「嬉しい‥‥‥ねえ、でも、あなた、絶対に死んじゃいやよ。それと、人も殺しちゃダメ。ね、約束してくれる？」
<br />
<br />「わしの剣は相打ちじゃ。わしが剣を抜いた時は、相手も死ぬが、わしも死ぬ」
<br />
<br />「それじゃあ、絶対に剣を抜かないって約束して、お願い」
<br />
<br />「わかった。約束しよう」
<br />
<br />「御免ね、我がまま言って」
<br />
<br />「いや」
<br />
<br />「お酒、飲みましょ」
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/02e50339.ad6f50fa.03d754d1.d180e282/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fotanigakki%2fyh300011%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fotanigakki%2fi%2f10030129%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fotanigakki%2fyh%2fyh300011.gif%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fotanigakki%2fyh%2fyh300011.gif%3f_ex%3d80x80" border="0" width="200"></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">26</span></P>
<br />
<br />
<br />　新たに、二人の生活が始まった。
<br />
<br />　五郎右衛門は剣を振ったり、座禅をしたりして考えていた。
<br />
<br />　活人剣とは？‥‥‥
<br />
<br />　無心とは？‥‥‥
<br />
<br />　お鶴は、いつも何かをやっていた。五郎右衛門は一々、お鶴の事を気にしていたわけではないが、くだらない事を真剣にやっているので、何となく気になっていた。
<br />
<br />　背を丸めて座り込んだまま、じっと動かないでいるので、何をしているのかと行ってみれば、お鶴はアリと遊んでいた。
<br />
<br />　五郎右衛門が顔を出すと、
<br />
<br />「ねえ、見て。このアリさんねえ、こんな大きな荷物をしょっちゃって、自分のうちがわかんないのよ。あっち行ったり、こっち行ったりしてんの」と、一々、このアリさんはね‥‥‥このアリさんはね‥‥‥と説明する。
<br />
<br />「でもね、あたし、思うんだけどさ、このアリさんたちから見たら、あたしはどう見えるんだろ？　まるで、化け物みたいに見えるんでしょうね。やあね、きっと、醜いお化けに見えるのよ。あたし、どうしよう？」
<br />
<br />　小川に打ち上げられ、死んでいる魚を見つけると、可哀想だと涙を流して泣いている。今、泣いていたかと思うと、今度は川の中に入って、キャーキャー言いながら魚を捕まえようとしている。
<br />
<br />　五郎右衛門は木剣を構えながら、お鶴の姿を見ていたが、思わず吹き出してしまった。着物の裾をはしょって、へっぴり腰になりながら魚を捕まえようとしている。本人は真剣なのだが、それがまた余計におかしい。とうとうバランスを崩して、お鶴は川の中に尻餅をついてしまった。
<br />
<br />「畜生！」と悪態をついて、もう、着物が濡れるのもお構いなしに川の中を走り回っている。
<br />
<br />　そのうちに諦めたのか、川の中を上流の方に向かって歩き始めた。
<br />
<br />　どこに行くのだろうと思って後を追ってみると、いつも水浴びをする所まで来て、着物を脱ぎ、水の中に飛び込んだ。
<br />
<br />　いつまで経っても浮き上がって来ないので、五郎右衛門は心配になって側まで行ってみた。
<br />
<br />　お鶴は両手で魚をつかんで浮き上がって来た。五郎右衛門が見ているのに気づくと、
<br />
<br />「ねえ、見て。とうとう、捕まえてやったわ」とはしゃぐ。が、魚はお鶴の手の中から、するりと逃げてしまった。
<br />
<br />「畜生！　ねえ、あなたもおいでよ。気持ちいいわ」と言って、また潜った。
<br />
<br />　五郎右衛門は元の場所に戻って剣の工夫を考えた。
<br />
<br />　行くな、戻るな、たたずむな、立つな、座るな、知るも知らぬも。
<br />
<br />　行こうと思って行くな‥‥‥
<br />
<br />　戻ろうと思って戻るな‥‥‥
<br />
<br />　たたずもうと思ってたたずむな‥‥‥
<br />
<br />　立とうと思って立つな‥‥‥
<br />
<br />　座ろうと思って座るな‥‥‥
<br />
<br />　すべて、無意識のうちにやれという事か？
<br />
<br />　おのずから映れば映る、映るとは月も思わず水も思わず。
<br />
<br />　無心になれ‥‥‥
<br />
<br />　無心になろうと思えば、そこに無心になろうとする意識が生まれる。
<br />
<br />　意識があるうちは無心になれない‥‥‥
<br />
<br />　いや、待てよ、無心という、そのものも一つの意識じゃないのか？
<br />
<br />　それさえも忘れるという事か？
<br />
<br />　お鶴が濡れた着物を着て帰って来た。
<br />
<br />「魚はどうした？」
<br />
<br />「こんな大きいの、捕まえたのよ。捕まえたんだけどさ、顔をみたら情けない顔してんのよ。こんな顔よ」とお鶴は魚の情けない顔というのをして見せた。
<br />
<br />「何だか、可哀想になったから逃がしてやっちゃった。そしたらね、喜んで泳いで行くのよ。面白そうだから、あたし、後をついて行ったの。どんどん深く潜って行くのよ。あなた、そこに何がいたと思う？」
<br />
<br />「人魚でもいたか？」
<br />
<br />「そう。凄く大きなお魚がいたわ。あたしよりずっと大きいのよ。きっと、あたしが捕まえたお魚のお母さんよ。あたしが、『こんにちわ』って言ったら、ちゃんと挨拶したのよ」
<br />
<br />「魚が『こんにちわ』って言ったのか？」
<br />
<br />「あんた、馬鹿ね。お魚がそんな事、言うわけないじゃない。ニコッて笑ったのよ。きっと、あれ、あの川の主よ。もう、ずっと昔から住んでるのよ。あたし、彼女とお友達になっちゃった」
<br />
<br />「そりゃ、よかったのう」
<br />
<br />「うん。今度、一緒に会いに行きましょ。そうだわ、お酒、持ってって、みんなで飲みましょう」
<br />
<br />「酒を持って行くのはいいがの、水の中で、どうやって飲むんじゃ？」
<br />
<br />「あっ、そうか、ダメだわ。いいわ。彼女の方をこっちに呼べばいいのよ」
<br />
<br />「そうじゃな。お前の好きにしろよ」
<br />
<br />「うん、ハックション」
<br />
<br />「風邪ひくぞ」
<br />
<br />「うん」と言って、お鶴は岩屋の方に行った。
<br />
<br />　無心か‥‥‥
<br />
<br />　自由無碍（むげ）‥‥‥
<br />
<br />　まるで、お鶴そのものじゃな‥‥‥
<br />
<br />　お鶴は無心になろうなんて思った事もないじゃろう。
<br /> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-09-28T12:18:23+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-55.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-55.html</link>
		<title>第三部　無住心　27．28．</title>
		<description>27


　今日もお鶴は遊んでいる。

　彼女は退屈という事を知らない。いつでも何かと遊んでいる。

　食事の支度をしている時は、野菜や鍋と遊んでいるし、飯を食べている時は、箸で食べ</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">27</span></P>
<br />
<br />
<br />　今日もお鶴は遊んでいる。
<br />
<br />　彼女は退屈という事を知らない。いつでも何かと遊んでいる。
<br />
<br />　食事の支度をしている時は、野菜や鍋と遊んでいるし、飯を食べている時は、箸で食べ物と遊んでいる。掃除をしている時は、ほうきと遊んでいるし、酒を飲んでいる時は酒と遊び、寝ている時でさえ、夢の中で遊んでいるようだった。
<br />
<br />　彼女は常に、今という時を一生懸命、遊んでいるようだった。
<br />
<br />　今も、お寺に行ってお酒をもらって来ると出掛けたが、すぐ、そこに座り込んで動こうともしない。また、アリと遊んでいるようだ。
<br />
<br />「ねえ、あなた。ちょっと来て、凄いわよ」
<br />
<br />「どうした？　アリが蝶々でも運んでるのか？」
<br />
<br />「そうじゃないの、凄いのよ」
<br />
<br />　五郎右衛門が行ってみると、お鶴はムカデが歩いているのを真剣に見ていた。
<br />
<br />「ねえ、凄いでしょ？」
<br />
<br />「どこが？　ムカデが歩いてるだけじゃねえか」
<br />
<br />「そこが凄いのよ。あんなにいっぱい足があるのに、まごつかないで、ちゃんと歩いてるわ」
<br />
<br />「当たり前じゃろ」
<br />
<br />「でもね、もし、あたしだったら、ああは歩けないわ。あたしって、おっちょこちょいでしょ。足と足がからまっちゃってさ、その足をほどこうとして、また、次の足がからまるでしょ。次から次へと足がからまっちゃって、しまいには、ほどけなくなっちゃうわ。そしたら、あたし、どうしよう？」
<br />
<br />「そしたら、わしがほどいてやる」
<br />
<br />「あなた、優しいのね。これで安心したわ。よかった。あたし、今、とても幸せなの。あなたの側にいると、なぜか、とても安心するのね。こんな事でいいのかしら？　あなた、ほんとに人間なの？」
<br />
<br />「何を言ってるんじゃ」
<br />
<br />「もしかしたら、仁王様か何かが化けてるんじゃないの？」
<br />
<br />「そうじゃな。わしは仁王様の化身じゃ」
<br />
<br />「そうでしょ。やっぱり、優しすぎるもん」
<br />
<br />「仁王様ってのは優しくはないじゃろう？」
<br />
<br />「優しいわよ。だって、苦しんでる人や悲しんでる人をみんな、救ってくれるんだもの」
<br />
<br />「それは観音様じゃろ？」
<br />
<br />「いいえ。仁王様も観音様も一心同体なのよ。表と裏よ。だから、あなたも苦しんでる人たちを助けてやってね」
<br />
<br />「わしにはそんな力はないわ」
<br />
<br />「あるわ。あなたには、その剣があるでしょ。仁王様も持ってるわ。仁王様の剣は人を斬る剣じゃないのよ。人の心の中にある悪を斬る剣なのよ。人を斬らずに、心の中にある悪だけを斬るの。あなたの剣もそうすればいいんじゃない」
<br />
<br />「どうやって？」
<br />
<br />「それは、あなたの問題でしょ。あたしは観音様だもん。ただ、優しく笑ってればいいの。男の人って大変なのよ。頑張ってね」
<br />
<br />　お鶴は空のとっくりを抱いたまま、踊るように出掛けて行った。
<br />
<br />　空飛ぶ気楽な鳥見てさえも、あたしゃ悲しくなるばかり〜」と陽気に歌いながら、小川を渡って行った。
<br />
<br />
<br /><P align="center">"<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0625e084.60062729.0625e086.693361ed/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fnaka%2f46226a%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fnaka%2fi%2f10000094%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fnaka%2fcabinet%2f46226a-r1.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fnaka%2fcabinet%2f46226a-r1.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" alt="金剛力士像（仁王） 阿形 青銅古色仕上げ"></a><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0625e084.60062729.0625e086.693361ed/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fnaka%2f46225a%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fnaka%2fi%2f10000093%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fnaka%2fcabinet%2f46225a-r1.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fnaka%2fcabinet%2f46225a-r1.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" alt="金剛力士像（仁王） 吽形 青銅古色仕上げ"></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><p align="center"><span style="font-size:large;">28</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門は笛を吹いているお鶴の姿を仮想して、それを相手に剣を構えていた。
<br />
<br />　どうしても、打ち込む事はできない。それ以前に、剣を向ける事さえできなかった。
<br />
<br />　たとえば、花を相手に剣を構えているようなものか？
<br />
<br />　花は無心じゃ。
<br />
<br />　花はわしが剣を構えていようと、殺そうとしていようと、お構いなしに、ただ咲いているだけじゃ。
<br />
<br />　わしにいくら闘う気があっても、相手にその気がまったくなかったら、わしの一人芝居になる。
<br />
<br />　幽霊を相手に剣を振り回しているようなもんじゃ。
<br />
<br />　相手がいるから、剣を構えたわしがいる。
<br />
<br />　相手がいないのに、剣を構えるわしがいる必要もない。
<br />
<br />　相手がいなければ、わしもいないわけじゃ。
<br />
<br />　逆もまた言える。
<br />
<br />　わしがいなくなれば、相手もいなくなる。
<br />
<br />　自分を消すという事か？
<br />
<br />　わしの殺気を消す‥‥‥
<br />
<br />　剣を構えても、剣の先から殺気を出さずに‥‥‥
<br />
<br />　花でも出すか？‥‥‥
<br />
<br />　剣の先から、パッと花が咲く。
<br />
<br />　これじゃ、まるで、お鶴の世界じゃねえか。
<br />
<br />　殺気も出さず、花も出さず、何も出さない。
<br />
<br />　無‥‥‥
<br />
<br />　いや、空（くう）か‥‥‥
<br />
<br />　空の身に思う心も空なれば、空というこそ、もとで空なれ。
<br />
<br />　これか？‥‥‥
<br />
<br />　そうじゃ。空になればいいんじゃ。
<br />
<br />　いや、空になろうと思ってはいかん。
<br />
<br />　空‥‥‥
<br />
<br />　空‥‥‥
<br />
<br />　空‥‥‥ ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-09-29T10:05:06+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-56.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-56.html</link>
		<title>第三部　無住心　29．30．</title>
		<description>29


　お鶴は小鳥と話をしていた。

　小鳥がピーピーと鳴くと、横笛でピーピーと答える。小鳥がピヨピヨピーと鳴くと、横笛でピヨピヨピーと答えた。

「鳥と何の話をしてるんじゃ？」</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">29</span></P>
<br />
<br />
<br />　お鶴は小鳥と話をしていた。
<br />
<br />　小鳥がピーピーと鳴くと、横笛でピーピーと答える。小鳥がピヨピヨピーと鳴くと、横笛でピヨピヨピーと答えた。
<br />
<br />「鳥と何の話をしてるんじゃ？」
<br />
<br />「彼、今、悩んでるのよ。好きな女の子がいるんだけどね。その女の子がお頭の所に連れて行かれちゃったんだって」
<br />
<br />「へえ‥‥‥それで、お前は何て言ってやったんじゃ？」
<br />
<br />「お頭と決闘しなさいって言ってやったのよ。そんな奴、やっつけちゃって可愛い彼女を奪い返せってね」
<br />
<br />「お前、いつも、わしに何と言ってる？　喧嘩なんか絶対にするなって言ってるじゃろう」
<br />
<br />「好きな女のためだったら、いいのよ。女のためだったら男は決闘くらいしなくちゃダメなのよ。あなたの剣の極意、教えてやったわ。死を覚悟して、お頭目がけて突っ込めって」
<br />
<br />「あいつはやるって言ったのか？」
<br />
<br />「今、考えてるみたい」
<br />
<br />　小鳥はピーピヨピーと鳴いた。
<br />
<br />　お鶴はピッピーと笛を吹いた。
<br />
<br />　小鳥は飛んで行った。
<br />
<br />「行って来るって。死んでらっしゃいって言ってやったわ」
<br />
<br />「あの鳥、生きて帰って来るのかのう」
<br />
<br />「死んで帰って来るでしょ。女の子と一緒にね‥‥‥ねえ、あなた、あなたは後、何年生きるの？」
<br />
<br />「どうしたんじゃ、急に？」
<br />
<br />「ねえ、あなたは何年生きられるの？」
<br />
<br />「そんな事、わかるわけないじゃろ。いつ斬られて死ぬか、わからん」
<br />
<br />「もし、誰にも斬られなかったとしたら？」
<br />
<br />「人生五十年て言うからのう。あと二十年位かのう」
<br />
<br />「あと二十年‥‥‥たった、それだけ？」
<br />
<br />「二十年といえば、まだ大分あるさ」
<br />
<br />「でも、二十年したら、あたしたち、別れなくちゃならないのね？　別れたくないわ」
<br />
<br />「別れたくないったってしょうがないじゃろ。人間はいつか死ぬんじゃ」
<br />
<br />「あなたは死なないで」
<br />
<br />「何を言ってるんじゃ」
<br />
<br />「どうして、人間はたった五十年しか生きられないの？」
<br />
<br />「そんな事は知らん」
<br />
<br />「短すぎるわ。短すぎるわよ。一体、誰が決めたの？」
<br />
<br />「それが自然の法則っていうもんじゃろ」
<br />
<br />「いやよ、そんなの。あなたを死なせたくない」
<br />
<br />「どうしたんじゃ？　今日のお前はおかしいぞ」
<br />
<br />「実はあたし、人間じゃないのよ」
<br />
<br />「お前は観音様じゃろ」
<br />
<br />「そうじゃないのよ。あたし‥‥‥」
<br />
<br />「どうしたんだ？」
<br />
<br />「何でもないわ‥‥‥ねえ、あたしを抱いて、お願い」
<br />
<br />「おかしな奴じゃな」
<br />
<br />「もっと強く‥‥‥」
<br />
<br />「お前、泣いてるのか？」
<br />
<br />「‥‥‥」
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/06281604.0c525cd4.06281605.424a114b/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2ftoys-tvgames%2f4904880175758%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2ftoys-tvgames%2fi%2f10000241%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2ftoys-tvgames%2fcabinet%2f4904880175758.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2ftoys-tvgames%2fcabinet%2f4904880175758.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" alt="小鳥日和・野鳥図鑑" キビタキ ></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">30</span></P>
<br />
<br />
<br />「今晩は思いっきり飲むわよ。飲んで飲んで飲みまくって、あなたを困らせてやるわ」お鶴は酒の用意をしながら、楽しそうに言った。
<br />
<br />「お鶴、完成したぞ」
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴と一緒に暮らし始めて以来、夜になるとお鶴の像を彫っていた。
<br />
<br />「まあ、素敵‥‥‥あたしが観音様になったのね」
<br />
<br />「ああ、お鶴観音じゃ」
<br />
<br />「笛を持ってるのね。やだあ、とっくりまで持ってるじゃない」
<br />
<br />「それが、お前に一番、似合うじゃろう」
<br />
<br />「やあね。あたし、タヌキじゃないのよ。ねえ、今度、あなたを彫ってよ。一人だけじゃ寂しいわ」
<br />
<br />「一人じゃないじゃろ。もう一人、観音様がいるじゃろ」
<br />
<br />「この可愛いのね。これ子供みたい。あたしも子供、欲しいわ。あなたの子供。きっと可愛いでしょうね。男の子がいいかしら？　女の子がいいかな？　二人とも欲しいわ。一遍に産んじゃいましょ」
<br />
<br />「子供みたいなお前が子供を産んでどうするんじゃ」
<br />
<br />「一緒に遊ぶのよ」
<br />
<br />「そいつは楽しいじゃろうな」
<br />
<br />
<br />
<br />「あのね、昔、あたしが踊り子だった頃、面白い人がいたのよ」
<br />
<br />「ほう、お前より面白い奴がいるのか？」
<br />
<br />「あたしなんか、つまんない女よ。その人ね、幻術使いのお爺さんなのよ。あたしたち、あるお侍さんのお屋敷に招待されたの。あたしたちの踊りが終わった後、そのお爺さんが現れたのよ。痩せ細った骸骨みたいなお爺さんだったわ。頭は真っ白で、長いお髭も真っ白で、話に出て来る仙人みたいだった。そのお座敷にね、海の絵が描いてある屏風（びょうぶ）があったの。手前に松の木があってね、広い海が描いてあるの。その海の遠くの方に小さなお舟が描いてあったわ。お爺さんがおまじないを唱えて、そのお舟に向かって手招きすると、絵の中のお舟がだんだんと近づいて来るのよ。だんだん大きくなって来てね。お舟を漕いでる人まで、はっきりと見えて来たの。不思議だったわ。お舟が大きくなるにつれて海の波も高くなって来てね。そのうち、海の水が屏風からお座敷の中に流れ出して来たのよ。みんなもう大騒ぎよ。お座敷中、水浸しになっちゃってさ。そのお舟がお座敷の中に入って来る頃にはもう、胸のあたりまで水に浸かってたわ。そのお爺さんたら、ひょいっと、そのお舟に乗ると絵の中に入って行ったの。お舟がだんだんと小さくなって行くと、お座敷の中の水もだんだんと引いて行ったわ。そして、そのお舟はどんどん沖の方に進んで行って見えなくなっちゃった。気がついてみると、お爺さんはどこかに消えちゃってたわ。勿論、着物なんて全然、濡れてなかったのよ。ねえ、どう思う？」
<br />
<br />「まさしく、幻術使いじゃな。しかし、新陰流の中にもそういう術があるらしい」
<br />
<br />「あなたもできるの？」
<br />
<br />「ああ。できるぞ」
<br />
<br />　五郎右衛門は体を起こすと、側に落ちていた小石を拾った。空中に投げ、落ちて来る小石を素早くつかみ、握った両手をお鶴の前に差し出した。
<br />
<br />「さあ、どっちに石が入っている？」
<br />
<br />「こっち」とお鶴が言った方の手を開くが小石はない。
<br />
<br />「じゃあ、こっちだわ」ともう一方の手も開くが、そこにも小石はない。
<br />
<br />「あれ、どこに行ったの？」
<br />
<br />「消えたのさ」
<br />
<br />「凄い！　あなた、凄いわ」
<br />
<br />「わしのは単なる目くらましじゃ。お前が話した爺さんは催眠術のようなものを使ったんじゃろ」
<br />
<br />「もっと面白い人もいたのよ。口が馬鹿でかい男の人でね。自分の足を口の中に入れちゃうのよ。それだけでも凄いのに、両足を全部、口の中に入れちゃうの。足が全部入っちゃうと、次にお尻も入れちゃって、腰も胸も両手も入れちゃうのよ。何か、気持ち悪かったわ。体をみんな口の中に入れちゃったから、頭しか残ってないの。そして、口から二本の手が出てるのよ。そして、その手も入れちゃって、首も入れて、頭も、目も鼻も入れちゃって、最後には口だけになっちゃったの。その口がね、『ああ、うまかった』って言ったのよ。ね、凄いでしょ？」
<br />
<br />「馬鹿な、そんな事できるわけねえじゃろ」
<br />
<br />「だって、あたし、この目で見たんだから」
<br />
<br />「それで、その口はどうなったんじゃ？」
<br />
<br />「食べ過ぎたからって、厠（かわや）に行ったわ」
<br />
<br />「厠に行って、どこから糞（くそ）をするんじゃ？」
<br />
<br />「そんな事知らないわよ。きっと、ゲーゲー吐き出して、元に戻ったんじゃないの？　その人、すました顔して戻って来たもの」
<br />
<br />「馬鹿らしい」
<br />
<br />「どうせ、あたしは馬鹿よ。すぐ、何でも信じちゃうんだから‥‥‥そうだ、今日、いいお月様が出てるのよ。ねえ、せっかくだから外で飲みましょうよ」
<br />
<br />「月見酒か」
<br />
<br />「そう。行こ、行こ」
<br />
<br />
<br />
<br />「満月ね。うさぎさんがお餅をついてるわ」
<br />
<br />「うさぎは餅が好きなのか？」
<br />
<br />「うさぎがお餅を食べたら、喉につかえて死んじゃうでしょ」
<br />
<br />「じゃあ、何で餅なんかつくんじゃ？」
<br />
<br />「誰がお餅なんてついてるの？」
<br />
<br />「うさぎじゃろ？」
<br />
<br />「うさぎがお餅なんてつくわけないじゃない。ついたとしても尻餅くらいよ。焼き餅もつくかな？　ねえ、他に何とか餅ってない？」
<br />
<br />「草餅、牡丹餅‥‥‥いい気持ち」
<br />
<br />「いい気持ちっていいわ。どんな味がするのかしら？」
<br />
<br />「こんな味じゃろう」と五郎右衛門は酒を飲む。
<br />
<br />「いいえ、こんな味よ」とお鶴は唇を五郎右衛門の方に突き出す。
<br />
<br />「後でな」
<br />
<br />「今」
<br />
<br />　ブチュ‥‥‥
<br />
<br />「そう、この味よ。もう一回」
<br />
<br />　ブチュ‥‥‥ム‥‥‥ム‥‥‥ム‥‥‥
<br />
<br />「ああ、いい気持ち」
<br />
<br />「お鶴」
<br />
<br />「あい」
<br />
<br />「わからん」
<br />
<br />「何が？」
<br />
<br />「今のが極意だそうじゃ」
<br />
<br />「今の口づけが？」
<br />
<br />「いや。口づけじゃない。あれはやろうと思ってやったからのう‥‥‥そうか、わかったぞ。わしが今、お鶴って呼んだ時、お前は返事をしようと思って返事をしたか？」
<br />
<br />「そんな事、一々、考えるわけないじゃない」
<br />
<br />「それじゃ、それ。無意識のうちに『はい』と出たわけじゃ」
<br />
<br />「それがどうかしたの？」
<br />
<br />「それが極意じゃ」
<br />
<br />「へえ、何だか、わからないわ。そんな事より、せっかく二人きりなんだから、もっと楽しくやりましょうよ」
<br />
<br />「いつも、二人きりじゃろうが」
<br />
<br />「そうか、そういえばそうね。ねえ、どっか行こうか？」
<br />
<br />「今からか」
<br />
<br />「そう」
<br />
<br />「どこへ？」
<br />
<br />「月にでも行きましょうか？」
<br />
<br />「それもいいな」
<br />
<br />「あなたと一緒なら、どこに行っても同じね」
<br />
<br />「お前の笛、聞かせてくれよ」
<br />
<br />「ダメ。今日はそんな気分になれないの。あなた、何か歌ってよ」
<br />
<br />「わしは駄目じゃ‥‥‥そうじゃ。お前がいつも歌ってる、『空飛ぶ鳥』っていうのをやってくれ」
<br />
<br />「ああ、あれ、もっといいのもあるのよ。
<br />
<br />　　思う人から杯差され、飲まぬうちにも顔赤らめる〜
<br />
<br />　　神代このかた変わらぬものは、水の流れと恋の道〜」とお鶴は歌った。
<br />
<br />「うまいもんじゃな」
<br />
<br />「まだ、あるわ。
<br />
<br />　　胸につつめぬ嬉しい事は、口止めしながら触れ歩く〜
<br />
<br />　これ、今のあたしの心境よ」
<br />
<br />「ほう、だから、毎日、虫や鳥に触れ歩いていたのか？」
<br />
<br />「そうよ。今のあたし、幸せすぎて、幸せすぎて、誰かに言わないと気が済まないのよ‥‥‥さあ、今度はあなたの番よ」
<br />
<br />「わしは駄目じゃ、駄目」
<br />
<br />「あたしがちゃんと教えたじゃない。あなたが歌った『カスバの女』、あれ、よかったわ。あれはね、悲しい踊り子の歌なのよ。ねえ、歌って」
<br />
<br />「あれは難しすぎるわ。『網走番外地』の方がいいのう」
<br />
<br />「それでもいいわ。渋い声を聞かせてよ」
<br />
<br />「よし、行くか」と五郎右衛門は照れくさそうに『網走番外地』を歌う。
<br />
<br />　お鶴は横笛を吹いて、合いの手を入れる。
<br />
<br />「カッコいい。ついでに『カスバの女』も行っちゃえ」
<br />
<br />「よおし」と五郎右衛門も調子に乗って来る。
<br />
<br />「次は『コーヒー・ルンバ』行ってみよう」
<br />
<br />「何だ、そりゃ？」
<br />
<br />「幸ちゃんの歌よ」
<br />
<br />「そんなの知らんわ」
<br />
<br />「あたしが歌うわ。よく聞いてて‥‥‥」とお鶴は陽気に歌い出す。
<br />
<br />「何だか、わけのわからん言葉ばかり出てくるな」
<br />
<br />「いいのよ。そんなの、いちいち気にしなくても楽しけりゃ何でもいいの。次は何がいいかな？　やっぱり、百恵ちゃんね、ねえ、何がいい？」
<br />
<br />「わしが知るか。勝手に歌え」
<br />
<br />「ううん、冷たいんだから。いいわ、それじゃあね、『女の意地』がいいわ」
<br />
<br />「百恵ちゃんか？」
<br />
<br />「違う。今日は百恵ちゃんはどうもね。これも幸ちゃんの歌。悲しい女心を歌ってるの。ね、しんみり聞いてね」
<br />
<br />　お鶴はしんみりと歌い出した。
<br />
<br />　五郎右衛門はしんみりと聞いていた。
<br />
<br />　お鶴は歌い終わると、「哀しい唄ね」とポツリと言った。
<br />
<br />「いい歌じゃな」
<br />
<br />「‥‥‥」
<br />
<br />「‥‥‥」
<br />
<br />「あなた、何、しんみりしてるの？」
<br />
<br />「お鶴、わしはお前に会えてよかったよ。お前を見てると、なぜか知らんが楽しくなる。わしは今まで、剣という狭い世界に閉じ籠もっていたような気がする。お前と一緒にいるお陰で、わしにはわかって来た。この世の中っていうのは、もっと広くて大きいもんじゃと‥‥‥いくら、剣が強いと威張ってみた所で、所詮、それは井の中の蛙じゃ。もっと、もっと広い世界を見なきゃいかんな。そして、わしのこの剣、この剣を人を殺すだけのものじゃなくて、何か人の役に立つような事に使えるんじゃないかと思い始めて来たんじゃ。これからも、わしに色々と教えてくれ」
<br />
<br />「何言ってんのよ。あんた、急に改まっちゃって。やだ、五エ門ちゃんらしくないじゃない。でも、ありがとう‥‥‥ほんとにありがとう‥‥‥」
<br />
<br />「ここらでパーッと派手な歌を歌ってくれ」
<br />
<br />「そうね。『チャンチキおけさ』でも行こうか」
<br />
<br />「よし、それだ」
<br />
<br />　二人は手拍子を叩きながら、大声で歌い始める。
<br />
<br />　山の中の夜は静かに更けゆく。
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/024046e2.f265e574.03b7c027.ba25d41e/?pc=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2fcfc-co%2f504839%2f504962%2f505155%2f%23481921&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fcfc-co%2fi%2f481921%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2fcfc-co%2fimg128%2fimg10072341456.jpeg&m=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2fcfc-co%2fimg64%2fimg10072341456.jpeg" border="0" alt="西田佐知子全集"></a></P> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-09-30T13:17:53+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-57.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-57.html</link>
		<title>第三部　無住心　31．32．</title>
		<description>31


　五郎右衛門は木陰に座り込み、木剣を作っていた。使い慣れた木剣は、昨日、立ち木を打っていた時に折ってしまった。

　わしが彫刻に熱中している時、それは、お鶴が笛を吹いている時と同じじゃな。
</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <p align="center"><span style="font-size:large;">31</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門は木陰に座り込み、木剣を作っていた。使い慣れた木剣は、昨日、立ち木を打っていた時に折ってしまった。
<br />
<br />　わしが彫刻に熱中している時、それは、お鶴が笛を吹いている時と同じじゃな。
<br />
<br />　空（くう）じゃ。
<br />
<br />　剣も空。
<br />
<br />　剣だけじゃなく、常住座臥（じょうじゅうざが）、これ、すべて空。
<br />
<br />　人間も空。
<br />
<br />　花も空。
<br />
<br />　敵もなく、我もなし。
<br />
<br />　敵も殺さず、我も殺さず。
<br />
<br />　敵を生かし、我も生かす。
<br />
<br />　これ活人剣なり。
<br />
<br />　お鶴が言うように馬鹿になりきればいいんじゃ。
<br />
<br />　喧嘩になったら逃げればいい。
<br />
<br />　何も一々強がってみせる必要などない。
<br />
<br />　人がどう思おうと気にせず、生きて行けばいいんじゃ。
<br />
<br />　しかし、わしにそんな生き方ができるか？
<br />
<br />　馬鹿になりきれるか？
<br />
<br />　お鶴のように、明けっ広げになれるか？
<br />
<br />　これは剣の修行より難しそうじゃな。
<br />
<br />　まあ、この先、お鶴と付き合って行けば何とかなるじゃろう。
<br />
<br />　お鶴は川に洗濯に行ったが、どうせ、また、魚と遊んでいるのじゃろう。
<br />
<br />　勝手に魚に、お亀さんなんて名前を付けて、今頃、馬鹿な話でもしてるんじゃろう。
<br />
<br />　あれは本物の馬鹿じゃ‥‥‥
<br />
<br />　うむ。間違いなく、本物の馬鹿じゃ。
<br />
<br />「キャー、あなた！」
<br />
<br />　突然、お鶴の叫び声が聞こえた。
<br />
<br />　五郎右衛門は慌てて、小川の方に走った。
<br />
<br />　お鶴は洗濯物を真っ赤に染めて、小川の中に倒れていた。
<br />
<br />　側には見た事もない浪人が血の付いた刀を下げたまま立っていた。
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴を抱き起こした。
<br />
<br />「おい、しっかりしろ」
<br />
<br />「あなた‥‥‥」
<br />
<br />「一体、どうしたんじゃ？」
<br />
<br />「おぬしは誰じゃ？」と浪人は言った。
<br />
<br />「お鶴！」
<br />
<br />「この女の亭主か？　おぬしも一緒に死ね」と浪人は五郎右衛門も斬り捨てようとする。
<br />
<br />「あなた！」とお鶴が叫んだ。
<br />
<br />　五郎右衛門は腰に差している小刀を素早く抜いた。
<br />
<br />　あっと言う間だった。
<br />
<br />　浪人は斬られて倒れた。
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴を抱いた。
<br />
<br />「あの男は誰じゃ？」
<br />
<br />　お鶴は首を振った。
<br />
<br />「あなた‥‥‥お願い‥‥‥二度と、人を殺さないで‥‥‥」
<br />
<br />「お鶴、死ぬなよ」
<br />
<br />「ね‥‥‥あなた‥‥‥約束してね‥‥‥」
<br />
<br />「わかった。二度と人は斬らん。しっかりしろ！」
<br />
<br />「あなた‥‥‥五郎右衛門様‥‥‥」
<br />
<br />「お鶴！」
<br />
<br />「ありがとう‥‥‥」
<br />
<br />　お鶴は力尽きて、息絶えた。
<br />
<br />「お鶴！」
<br />
<br />　五郎右衛門は泣いた。
<br />
<br />　お鶴を抱き締め、いつまでも泣いていた。
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/05d1f133.c42dfedd.05d1f134.a4b9651b/?pc=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2fshinobiya%2f1942837%2f1942349%2f1942561%2f%231469643&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fshinobiya%2fi%2f1469643%2f" target="_blank"><img src="http://10.dtiblog.com/s/suicyuka/file/dotanukis.jpg" alt="同田貫2.8寸　正國" border="0" /></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">32</span></P>
<br />
<br />
<br />　お鶴が死んでから、五郎右衛門は剣を取ろうとはしなかった。
<br />
<br />　お鶴の墓の前に座り込んだまま動こうとしなかった。
<br />
<br />　人の気配を感じて、振り返ると和尚が立っていた。
<br />
<br />「この馬鹿もん！　いつまでも、そんな所に座っていてどうするんじゃ。情けない奴じゃのう。お鶴が墓の下で笑ってるぞ。お鶴の死を無駄にするなよ。酒を持って来た。今晩、二人で飲め」
<br />
<br />　和尚はそれだけ言うと帰って行った。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-10-01T11:54:48+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-58.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-58.html</link>
		<title>第三部　無住心　33．34．</title>
		<description>33


　五郎右衛門はお鶴の墓を相手に酒を飲んでいた。

　酔いが回り始めて来た頃、お鶴は墓の中から現れた。

「元気出しなさいよ、五エ門ちゃん」

「</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">33</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門はお鶴の墓を相手に酒を飲んでいた。
<br />
<br />　酔いが回り始めて来た頃、お鶴は墓の中から現れた。
<br />
<br />「元気出しなさいよ、五エ門ちゃん」
<br />
<br />「お鶴、やっぱり、出て来てくれたのう」
<br />
<br />「出て来ると思った？」
<br />
<br />「ああ。ろくに別れも告げずに行っちまったからの」
<br />
<br />「御免ね」
<br />
<br />「あの世は面白いか？」
<br />
<br />「うん。どこでも同じよ。楽しくやってるわ」
<br />
<br />「相変わらず、あの調子か？」
<br />
<br />「そう、あの調子で遊んでるの。ねえ、あなた、今日限りで、あたしの事は忘れてね。あなたにはやるべき事があるわ。それをちゃんとやらなくちゃ。いつまでも、あたしの事を思って、くよくよしてたら、あたし、あなたの事、嫌いになっちゃうわ。ね、お願いよ」
<br />
<br />「ああ」
<br />
<br />「でも、絶対に、あたしの事、忘れちゃ、いやよ。わかる？　あたしの事は忘れなくちゃダメだけど、決して、忘れちゃ、いやよ」
<br />
<br />「わしにも、ようやく、そういう事がわかりかけて来た」
<br />
<br />「じゃあ、今晩は別れの酒盛りね。あたし、もう二度と、あなたの前には現れないわ。その代わり、あたしはあなたの刀の中にいると思ってね。あなたの刀は人を斬るために使ってはいけないわ。仁王様の刀と同じよ。人の心の中の悪を断ち斬るのよ。そして、世の中のために使ってね。もし、あなたが、その事を忘れて、人を斬るために刀を抜いたら、あたし、その刀を折っちゃうわ。そして、あなたは死ぬのよ。でも、そんな死に方をした、あなたなんかに、あたし、会いたくない。相打ちもダメよ。自分を殺して、相手も殺す。一見、正しいように思えるけど、よくない事だわ。死んだ二人はいいかもしれないけど、必ず、悲しむ人たちがいるはずだわ。あたしが死んで、あなたが悲しんだように、きっと、誰かが悲しむのよ。だから、人を殺しちゃダメ。御免ね、あたしらしくないわね、こんなお説教なんかして‥‥‥あなたなら、ちゃんとわかってくれるわよね。だって、あたしが惚れたんだもの。五郎右衛門様‥‥‥」
<br />
<br />「お鶴‥‥‥」
<br />
<br />「あたし、もう、しゃべる事、何もなくなっちゃった」
<br />
<br />「何もしゃべらなくてもいいさ。一緒に酒を飲もう」
<br />
<br />「うん」
<br />
<br />　二人は無言に酒を酌み交わした。不思議な程、お互いの気持ちは通じ合っていた。
<br />
<br />「ひとつ、気になってるんだが、お前を殺した、あの浪人は何者なんじゃ」
<br />
<br />「やっぱり、気になる？」
<br />
<br />「ああ」
<br />
<br />「知らない人よ」
<br />
<br />「そうか、知らない人か」
<br />
<br />「うん」
<br />
<br />「そうだ、最期にお前の横笛を聴かせてくれないか」
<br />
<br />　お鶴はうなづいて、横笛を吹き始めた。
<br />
<br />　夜のしじまに、優しい笛の音が流れた。
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/062b90d4.5123f4c0.062b90d5.c1da873e/?pc=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2ffujimi-cc%2f726835%2f820540%2f%23767690&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2ffujimi-cc%2fi%2f767690%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2ffujimi-cc%2fimg128%2fimg10392459458.jpeg&m=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2ffujimi-cc%2fimg64%2fimg10392459458.jpeg" border="0" alt="土佐鶴　純米大吟醸　原酒　ザ・土佐鶴"></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">34</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門は目を覚ました。
<br />
<br />　夜が明けようとしていた。
<br />
<br />　お鶴はもういなかった。
<br />
<br />　お鶴が座っていた所に、小さな草が生えていた。
<br />
<br />　一輪の花が、今にも咲きそうだった。
<br />
<br />　つぼみがほころび始めている。
<br />
<br />　五郎右衛門は、その花をじっと見つめた。
<br />
<br />　花は少しづつ、少しづつ、ほころび、ピンという音を立てて力強く開いた。
<br />
<br />　可憐で、綺麗で、可愛い、その小さな花は、お鶴そっくりだった。
<br />
<br />　五郎右衛門は、その白い華奢（きゃしゃ）な花びらに触れようと右手を伸ばした。
<br />
<br />　そして、触れようとした時、花の中から一滴のしずくが、五郎右衛門の手のひらにこぼれ落ちた。
<br />
<br />　五郎右衛門は、その時、何かが、パッとはじけたような気がした。
<br />
<br />　もう一度、花を見つめた。
<br />
<br />　花はそこに咲いていた。
<br />
<br />　何も言わず、ただ、無心に咲いていた。
<br />
<br />　五郎右衛門は刀を取ると、素早く一振りしてみた。
<br />
<br />「これじゃ！　これじゃ！」
<br />
<br />　五郎右衛門はもう一度、刀を振り下ろしてみた。
<br />
<br />「これじゃ！　お鶴、やっと、わかったぞ。活人剣。そして、お前が言う仁王様の剣」
<br />
<br />　五郎右衛門は刀を鞘（さや）に納めようとした。
<br />
<br />　そして、気がついた。
<br />
<br />　刀の鍔（つば）もとに鶴の彫刻が彫ってあった。
<br />
<br />　鶴が気持ち良さそうに空を飛んでいる。
<br />
<br />　それだけではなかった。
<br />
<br />　その刀には刃が付いていなかった。
<br />
<br />　綺麗に刃引きしてあった。
<br />
<br />「お鶴め、やりやがったな‥‥‥これで、いいんじゃ。今のわしには刀の刃なんて必要ない。お鶴、ありがとうよ。お前は死んでまでも遊んでいやがる」
<br />
<br />　五郎右衛門は花を見た。
<br />
<br />　何となく、その花が笑ったような気がした。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-10-02T12:06:09+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-59.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-59.html</link>
		<title>第三部　無住心　35．36．37．</title>
		<description>35


　五郎右衛門は和尚と立ち合っていた。

「できたようじゃな」と和尚は言った。

　五郎右衛門は刀を鞘の中に納めた。

「『相抜け』とでも申そうか</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">35</span></P>
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門は和尚と立ち合っていた。
<br />
<br />「できたようじゃな」と和尚は言った。
<br />
<br />　五郎右衛門は刀を鞘の中に納めた。
<br />
<br />「『相抜け』とでも申そうか。相手を生かし、己も生かす。何事にも囚われず、自由自在。名付けて、無住心剣（むじゅうしんけん）」
<br />
<br />「無住心剣？」
<br />
<br />「うむ、お鶴の剣じゃな」
<br />
<br />「無住心剣か‥‥‥」
<br />
<br />「お鶴もきっと喜んどるじゃろ。あの女の事じゃから、お釈迦（しゃか）様相手に、おぬしの自慢でもしてるかもしれんのう‥‥‥さて、おぬし、これからどうする？」
<br />
<br />「はい。この無住心剣の使い道を捜しに行きます」
<br />
<br />「そうか、うむ」
<br />
<br />「とりあえず、明（みん）の国（中国）に渡ってみようかと思っています」
<br />
<br />「明の国か、それもいいじゃろう。おぬしの無住心剣、どこに行こうと大丈夫じゃ。明の国に行って、もっと色んな人間を見て来るがいい」
<br />
<br />「はい」
<br />
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><p align="center"><span style="font-size:large;">36</span></P>
<br />
<br />
<br />　　　　　およそ太刀を取りて敵に向かわば
<br />
<br />　　　　　　　　　　　　　別の事は更に無く
<br />
<br />　　　　　その間遠くば太刀の当たる所まで行くべし
<br />
<br />　　　　　　　　　　　　　行き付けたらば打つべし
<br />
<br />　　　　　その間近くばそのまま打つべし
<br />
<br />　　　　　　　　　　　　　何の思惟（しい）も入るべからず
<br />
<br />
<br />
<br />　　　　　かけたる事なき大空
<br />
<br />　　　　　　されど
<br />
<br />　　　　　　そこに
<br />
<br />　　　　　何やら動くものあり
<br />
<br />　　　　　　　　　　　　　進むべき道を進みゆく
<br />
<br />
<br />
<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　無住心剣流　針谷五郎右衛門　　
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />　五郎右衛門は紙にそう書くと丸めて、二つの観音像の前に置いた。
<br />
<br />
<br />
<br />　お鶴の墓の前に座ると、墓に酒を飲ませた。
<br />
<br />「空飛ぶ気楽な鳥見てさえも、あたしゃ悲しくなるばかり〜」と小声で歌うと、可憐に咲いている小さな花をちょこんとさわり、両手を合わせた。
<br />
<br />　五郎右衛門は山を下りて行った。
<br />
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><P align="center"><span style="font-size:large;">37</span></P>
<br />
<br />
<br />　とうとう、五エ門さん、行っちゃったわね‥‥‥何だか淋しいわ。
<br />
<br />　あたし、ほんとに五エ門さんに惚れちゃったのよね。
<br />
<br />　おかしいわね。あたしが人間に惚れるなんて‥‥‥惚れるっていうのは苦しいものなのね。
<br />
<br />　あたし、いつまでも、いつまでも、五エ門さんと一緒にいたかった‥‥‥
<br />
<br />　でも、あたし、彼をだまし続ける事ができなかったの。どうしても、できなかった‥‥‥
<br />
<br />　それに、彼のためにも、あたしがいたらダメなのよね‥‥‥これでいいのよ‥‥‥
<br />
<br />　あたし、もう二度と人間には惚れないわ。絶対よ。もう二度と、こんな苦しい思い、したくないもん‥‥‥
<br />
<br />　あ〜あ‥‥‥切ないな‥‥‥
<br />
<br />　今回はフェラにも手伝ってもらっちゃった。わかった？
<br />
<br />　あの、あたしを斬った浪人よ。フェラに頼んで、やってもらったの。
<br />
<br />　何もわざわざ、あんな事する必要ないじゃない。消えれば済む事でしょて、フェラに言われたわ。
<br />
<br />　でも、あたし、彼の前では、ずっと人間でいたかったの。人間のままで死んで、彼の思い出の中で生きていたかったの。
<br />
<br />　ちょっと話に無理があったかもしれないけど、ああするしかなかったのよ。
<br />
<br />　あ〜あ、こんな時はお酒飲むのに限るわね‥‥‥
<br />
<br />　酔雲爺さんがいいわ。あの爺さんなら、あたしの気持ち、わかってくれるわ。
<br />
<br />　爺さん、捜しに行こ。 ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-10-03T21:01:33+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-60.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-60.html</link>
		<title>第三部　無住心　38．39．</title>
		<description>38


　酔雲は山小屋にいた。

　ラーラはお鶴の格好をして入って行った。

「爺さん、久し振りね」

「何が久し振りだ。昨夜（ゆうべ）、みんなで大騒ぎ</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <P align="center"><span style="font-size:large;">38</span></P>
<br />
<br />
<br />　酔雲は山小屋にいた。
<br />
<br />　ラーラはお鶴の格好をして入って行った。
<br />
<br />「爺さん、久し振りね」
<br />
<br />「何が久し振りだ。昨夜（ゆうべ）、みんなで大騒ぎしたじゃねえか。寝ぼけるな」
<br />
<br />「あれ？　あれは昨夜だったの？　なんか変だな」
<br />
<br />「何言ってんだ。おっ、お前、随分、綺麗じゃないか」
<br />
<br />「わかる？」
<br />
<br />「ああ。お転婆娘から急に色っぽくなったぞ」
<br />
<br />「あたしね、恋をしちゃった」
<br />
<br />「ほう‥‥‥お前でも恋をすると綺麗になるのか」
<br />
<br />「ねえ、聞いて。あれから、色々あったのよ」
<br />
<br />「あれからって、昨夜からか？」
<br />
<br />「そう。あれから、あたし、人間界に行って踊りの先生になったのよ。帰って来たら、爺さん、死んでるんだもん。まったく、ずるいんだから。そして、その後、あたし、恋をしたの。それが、あたし、人間に恋をしちゃったの。いい男よ」
<br />
<br />「ほう、そいつはきっと、わしの若い頃じゃろ」
<br />
<br />「何を言ってんのよ。爺さんに若い頃なんてあるわけないじゃない」
<br />
<br />「馬鹿もん。わしだって、ちゃんと若い頃があったんじゃ。わしの若い頃をお前が見たら、お前は間違いなく惚れるよ」
<br />
<br />「冗談ばっかし。あたしは爺さんなんかに惚れないわよ」
<br />
<br />「そうか。まあ、わしの事はいい。お前が惚れた奴ってのは、どんな男じゃ？」
<br />
<br />「剣術使いなの。強いんだから。ねえ、爺さん、五エ門さん、知ってるでしょ？」
<br />
<br />「五エ門？　石川五右衛門か？」
<br />
<br />「違うわよ。針ケ谷五郎右衛門よ。知ってるでしょ？」
<br />
<br />「ああ、知っておる。お前、針ケ谷夕雲に惚れたのか？」
<br />
<br />「せきうん？」
<br />
<br />「ああ、針ケ谷五郎右衛門夕雲ていうんじゃよ。お前も大した男に惚れたもんじゃな」
<br />
<br />「当たり前じゃない。あたしが惚れたくらいだもん。大した人よ。やっぱり、爺さん、あたしの五エ門さん、知ってたのね。さすがよ、話がわかるわ。いい男でしょ？」
<br />
<br />「ああ、いい男じゃ。お前が夕雲に惚れたか‥‥‥お前もいい女じゃな」
<br />
<br />「そんな事、決まってるじゃない。ね、お酒飲もう、お酒飲もう。今のあたしの気持ち、わかるでしょ。切ないのよ。この小さな胸が張り裂けそうに苦しいの。もう、あたし、二度と、あの人にと会えないのよ。わかる？　このあたしの気持ち‥‥‥」
<br />
<br />「わかる、わかる」
<br />
<br />「だから、あたし、爺さん、好きよ」
<br />
<br />　ラーラは切ない胸の内を酔雲に打ち明けながら酒を飲んだ。
<br />
<br />　飲んで、飲んで‥‥‥
<br />
<br />　泣いて、泣いて‥‥‥
<br />
<br />　自分の涙だけで足りなくなると雨まで降らせて、
<br />
<br />　朝まで泣き続けた。
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/0261511a.9803d1d8.03c93960.9578e396/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fcd-abbey%2fuicz-4163%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fcd-abbey%2fi%2f10015331%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fcd-abbey%2fjake%2fUICZ-4163.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fcd-abbey%2fjake%2fUICZ-4163.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" alt="河島英五ベストセレクション＆ベストライブ「生きてりゃいいさ」 "></a></P>
<br />
<br /><hr size=1></hr>
<br />
<br />
<br /><p align="center"><span style="font-size:large;">39</span></P>
<br />
<br />
<br />　思い切り泣いたら、何だか、すっきりしたわ。
<br />
<br />　あたしね、しばらく、旅に出る事にしたの。恋の痛手を癒すには旅が一番ですものね。
<br />
<br />　酔雲爺さんがまた、インドに行くって言うんで、あたしも一緒に行く事に決めたの。
<br />
<br />　インドにはクリシュナっていういい男がいるらしいし、あたしの五エ門ちゃんにはかなわないだろうけど、ちょっと彼と遊ぶのも面白そうだしね。
<br />
<br />　でも、ここでちょっと問題があるのよ。あの爺さん、もう、いい年じゃない。どうやったって、あたしとは釣り合わないのよね。若くて綺麗なあたしとあんな爺さんが一緒に旅してるなんて、何か変じゃない。かと言って、あたしの方が爺さんに合わせて、お婆ちゃんに化けるわけにもいかないもんね。そんな事したら、誰も相手にしてくれないし、どう見てもマンガよね。お爺さんとお婆さんが杖ついて旅してるなんて、昔話にも出てきやしないわ。
<br />
<br />　だから、ここでちょっといたずらをするの。あの爺さんを若返らせちゃうのよ。
<br />
<br />　これは内緒よ。あの爺さん、わしの若い頃を見たら、あたしが惚れちゃうだろうなんて言ってたけど、どんなもんだか見ものだわ。
<br />
<br />　あたしにはとても想像もできない。面白いでしょうね。
<br />
<br />　悔しいけど、今の爺さんには、あたし、かなわないわ。でも、若い頃なら何とかなりそうよ。
<br />
<br />　あたし、若き日の酔雲爺さんを思いっきり、からかっていじめてやるわ。今に見てらっしゃい‥‥‥
<br />
<br />　と言うわけで、皆さん、しばらく、さよならね‥‥‥
<br />
<br />　あっ、それと、皆さん、あたしの遊びに付き合ってくれてありがとう。
<br />
<br />　そして、遊んで下さった葛飾北斎さん、針ケ谷夕雲さん、その他の色々な人たち、色々な自然の方々、ありがとうございました。
<br />
<br />　また、いつか、会いましょうね。
<br />
<br />　バイバイ。
<br />
<br />
<br /><P align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/022c158f.efe32ef7.03a254a9.e330f8ce/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fguruguru2%2fsdl-10135%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fguruguru2%2fi%2f10200515%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fguruguru2%2fcabinet%2f282%2fsdl-10135.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fguruguru2%2fcabinet%2f282%2fsdl-10135.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0" alt="ガンジー"></a></P> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>第三部　無住心</dc:subject>
		<dc:date>2007-10-04T10:54:07+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
		<item rdf:about="http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-61.html">
		<link>http://suicyuka.dtiblog.com/blog-entry-61.html</link>
		<title>終章</title>
		<description>

  
    
      

      
</description>
		<content:encoded><![CDATA[ <CENTER>
<br /><TABLE cellpadding="10" bgcolor="#ab56ab">
<br />  <TBODY>
<br />    <TR>
<br />      <TD align="center" width="400">
<br /><P><BR>
<br />      </P>
<br /><span style="color:#ffffff">      <H2>終章</H2>
<br />      <BR>
<br /><BR>
<br />       <P><strong>酔中花</strong>とは山の中でも、</P>
<br /><P>海の中でも、都会でも、田舎でも、</P>
<br /><P>地球上のどこにでも、あるいは宇宙のどこにでも、</P>
<br /><P>あらゆる所に、いつでも咲いている花の事である。</P>
<br /><P>可憐な小さな花でもあり、</P>
<br /><P>雲のような大きな花でもあり、</P>
<br /><P>見る者の心によって、あらゆる形に、</P>
<br /><P>あらゆる大きさに変化し、</P>
<br /><P>あらゆる香りを漂わせる花の事である。</P>
<br /><BR>
<br /><P>人間が、その花の事を忘れない限り、</P>
<br /><P>その花は永遠に咲き続けている事だろう。</P>
<br /><P>そして、宇宙が夢まぼろしであるように、</P>
<br /><P><strong>酔中花</strong>もまた、夢まぼろしの花である。</P>
<br /></span>
<br /><P><BR>
<br />      </P>
<br /></TD>
<br />    </TR>
<br />  </TBODY>
<br /></TABLE>
<br /></CENTER> ]]></content:encoded>
		<dc:subject>終章</dc:subject>
		<dc:date>2007-10-04T11:03:58+09:00</dc:date>
		<dc:creator>Larla Sprite</dc:creator>
		<dc:publisher>DTI-BLOG</dc:publisher>
	</item>
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