人間に興味を持った妖精のラーラが現在過去未来と遊びながら、少しづつ人間を理解していきます。
  • 2007/09
  • 2007-10 :
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • 2007/11
第三部 無住心 31.32.
2007年10月01日(月) 11:54

31




 五郎右衛門は木陰に座り込み、木剣を作っていた。使い慣れた木剣は、昨日、立ち木を打っていた時に折ってしまった。

 わしが彫刻に熱中している時、それは、お鶴が笛を吹いている時と同じじゃな。

 空(くう)じゃ。

 剣も空。

 剣だけじゃなく、常住座臥(じょうじゅうざが)、これ、すべて空。

 人間も空。

 花も空。

 敵もなく、我もなし。

 敵も殺さず、我も殺さず。

 敵を生かし、我も生かす。

 これ活人剣なり。

 お鶴が言うように馬鹿になりきればいいんじゃ。

 喧嘩になったら逃げればいい。

 何も一々強がってみせる必要などない。

 人がどう思おうと気にせず、生きて行けばいいんじゃ。

 しかし、わしにそんな生き方ができるか?

 馬鹿になりきれるか?

 お鶴のように、明けっ広げになれるか?

 これは剣の修行より難しそうじゃな。

 まあ、この先、お鶴と付き合って行けば何とかなるじゃろう。

 お鶴は川に洗濯に行ったが、どうせ、また、魚と遊んでいるのじゃろう。

 勝手に魚に、お亀さんなんて名前を付けて、今頃、馬鹿な話でもしてるんじゃろう。

 あれは本物の馬鹿じゃ‥‥‥

 うむ。間違いなく、本物の馬鹿じゃ。

「キャー、あなた!」

 突然、お鶴の叫び声が聞こえた。

 五郎右衛門は慌てて、小川の方に走った。

 お鶴は洗濯物を真っ赤に染めて、小川の中に倒れていた。

 側には見た事もない浪人が血の付いた刀を下げたまま立っていた。

 五郎右衛門はお鶴を抱き起こした。

「おい、しっかりしろ」

「あなた‥‥‥」

「一体、どうしたんじゃ?」

「おぬしは誰じゃ?」と浪人は言った。

「お鶴!」

「この女の亭主か? おぬしも一緒に死ね」と浪人は五郎右衛門も斬り捨てようとする。

「あなた!」とお鶴が叫んだ。

 五郎右衛門は腰に差している小刀を素早く抜いた。

 あっと言う間だった。

 浪人は斬られて倒れた。

 五郎右衛門はお鶴を抱いた。

「あの男は誰じゃ?」

 お鶴は首を振った。

「あなた‥‥‥お願い‥‥‥二度と、人を殺さないで‥‥‥」

「お鶴、死ぬなよ」

「ね‥‥‥あなた‥‥‥約束してね‥‥‥」

「わかった。二度と人は斬らん。しっかりしろ!」

「あなた‥‥‥五郎右衛門様‥‥‥」

「お鶴!」

「ありがとう‥‥‥」

 お鶴は力尽きて、息絶えた。

「お鶴!」

 五郎右衛門は泣いた。

 お鶴を抱き締め、いつまでも泣いていた。


同田貫2.8寸 正國







32




 お鶴が死んでから、五郎右衛門は剣を取ろうとはしなかった。

 お鶴の墓の前に座り込んだまま動こうとしなかった。

 人の気配を感じて、振り返ると和尚が立っていた。

「この馬鹿もん! いつまでも、そんな所に座っていてどうするんじゃ。情けない奴じゃのう。お鶴が墓の下で笑ってるぞ。お鶴の死を無駄にするなよ。酒を持って来た。今晩、二人で飲め」

 和尚はそれだけ言うと帰って行った。
第三部 無住心 33.34.
2007年10月02日(火) 12:06

33




 五郎右衛門はお鶴の墓を相手に酒を飲んでいた。

 酔いが回り始めて来た頃、お鶴は墓の中から現れた。

「元気出しなさいよ、五エ門ちゃん」

「お鶴、やっぱり、出て来てくれたのう」

「出て来ると思った?」

「ああ。ろくに別れも告げずに行っちまったからの」

「御免ね」

「あの世は面白いか?」

「うん。どこでも同じよ。楽しくやってるわ」

「相変わらず、あの調子か?」

「そう、あの調子で遊んでるの。ねえ、あなた、今日限りで、あたしの事は忘れてね。あなたにはやるべき事があるわ。それをちゃんとやらなくちゃ。いつまでも、あたしの事を思って、くよくよしてたら、あたし、あなたの事、嫌いになっちゃうわ。ね、お願いよ」

「ああ」

「でも、絶対に、あたしの事、忘れちゃ、いやよ。わかる? あたしの事は忘れなくちゃダメだけど、決して、忘れちゃ、いやよ」

「わしにも、ようやく、そういう事がわかりかけて来た」

「じゃあ、今晩は別れの酒盛りね。あたし、もう二度と、あなたの前には現れないわ。その代わり、あたしはあなたの刀の中にいると思ってね。あなたの刀は人を斬るために使ってはいけないわ。仁王様の刀と同じよ。人の心の中の悪を断ち斬るのよ。そして、世の中のために使ってね。もし、あなたが、その事を忘れて、人を斬るために刀を抜いたら、あたし、その刀を折っちゃうわ。そして、あなたは死ぬのよ。でも、そんな死に方をした、あなたなんかに、あたし、会いたくない。相打ちもダメよ。自分を殺して、相手も殺す。一見、正しいように思えるけど、よくない事だわ。死んだ二人はいいかもしれないけど、必ず、悲しむ人たちがいるはずだわ。あたしが死んで、あなたが悲しんだように、きっと、誰かが悲しむのよ。だから、人を殺しちゃダメ。御免ね、あたしらしくないわね、こんなお説教なんかして‥‥‥あなたなら、ちゃんとわかってくれるわよね。だって、あたしが惚れたんだもの。五郎右衛門様‥‥‥」

「お鶴‥‥‥」

「あたし、もう、しゃべる事、何もなくなっちゃった」

「何もしゃべらなくてもいいさ。一緒に酒を飲もう」

「うん」

 二人は無言に酒を酌み交わした。不思議な程、お互いの気持ちは通じ合っていた。

「ひとつ、気になってるんだが、お前を殺した、あの浪人は何者なんじゃ」

「やっぱり、気になる?」

「ああ」

「知らない人よ」

「そうか、知らない人か」

「うん」

「そうだ、最期にお前の横笛を聴かせてくれないか」

 お鶴はうなづいて、横笛を吹き始めた。

 夜のしじまに、優しい笛の音が流れた。


土佐鶴 純米大吟醸 原酒 ザ・土佐鶴







34




 五郎右衛門は目を覚ました。

 夜が明けようとしていた。

 お鶴はもういなかった。

 お鶴が座っていた所に、小さな草が生えていた。

 一輪の花が、今にも咲きそうだった。

 つぼみがほころび始めている。

 五郎右衛門は、その花をじっと見つめた。

 花は少しづつ、少しづつ、ほころび、ピンという音を立てて力強く開いた。

 可憐で、綺麗で、可愛い、その小さな花は、お鶴そっくりだった。

 五郎右衛門は、その白い華奢(きゃしゃ)な花びらに触れようと右手を伸ばした。

 そして、触れようとした時、花の中から一滴のしずくが、五郎右衛門の手のひらにこぼれ落ちた。

 五郎右衛門は、その時、何かが、パッとはじけたような気がした。

 もう一度、花を見つめた。

 花はそこに咲いていた。

 何も言わず、ただ、無心に咲いていた。

 五郎右衛門は刀を取ると、素早く一振りしてみた。

「これじゃ! これじゃ!」

 五郎右衛門はもう一度、刀を振り下ろしてみた。

「これじゃ! お鶴、やっと、わかったぞ。活人剣。そして、お前が言う仁王様の剣」

 五郎右衛門は刀を鞘(さや)に納めようとした。

 そして、気がついた。

 刀の鍔(つば)もとに鶴の彫刻が彫ってあった。

 鶴が気持ち良さそうに空を飛んでいる。

 それだけではなかった。

 その刀には刃が付いていなかった。

 綺麗に刃引きしてあった。

「お鶴め、やりやがったな‥‥‥これで、いいんじゃ。今のわしには刀の刃なんて必要ない。お鶴、ありがとうよ。お前は死んでまでも遊んでいやがる」

 五郎右衛門は花を見た。

 何となく、その花が笑ったような気がした。
第三部 無住心 35.36.37.
2007年10月03日(水) 21:01

35




 五郎右衛門は和尚と立ち合っていた。

「できたようじゃな」と和尚は言った。

 五郎右衛門は刀を鞘の中に納めた。

「『相抜け』とでも申そうか。相手を生かし、己も生かす。何事にも囚われず、自由自在。名付けて、無住心剣(むじゅうしんけん)」

「無住心剣?」

「うむ、お鶴の剣じゃな」

「無住心剣か‥‥‥」

「お鶴もきっと喜んどるじゃろ。あの女の事じゃから、お釈迦(しゃか)様相手に、おぬしの自慢でもしてるかもしれんのう‥‥‥さて、おぬし、これからどうする?」

「はい。この無住心剣の使い道を捜しに行きます」

「そうか、うむ」

「とりあえず、明(みん)の国(中国)に渡ってみようかと思っています」

「明の国か、それもいいじゃろう。おぬしの無住心剣、どこに行こうと大丈夫じゃ。明の国に行って、もっと色んな人間を見て来るがいい」

「はい」






36




     およそ太刀を取りて敵に向かわば

             別の事は更に無く

     その間遠くば太刀の当たる所まで行くべし

             行き付けたらば打つべし

     その間近くばそのまま打つべし

             何の思惟(しい)も入るべからず



     かけたる事なき大空

      されど

      そこに

     何やら動くものあり

             進むべき道を進みゆく



                  無住心剣流 針谷五郎右衛門  





 五郎右衛門は紙にそう書くと丸めて、二つの観音像の前に置いた。



 お鶴の墓の前に座ると、墓に酒を飲ませた。

「空飛ぶ気楽な鳥見てさえも、あたしゃ悲しくなるばかり〜」と小声で歌うと、可憐に咲いている小さな花をちょこんとさわり、両手を合わせた。

 五郎右衛門は山を下りて行った。






37




 とうとう、五エ門さん、行っちゃったわね‥‥‥何だか淋しいわ。

 あたし、ほんとに五エ門さんに惚れちゃったのよね。

 おかしいわね。あたしが人間に惚れるなんて‥‥‥惚れるっていうのは苦しいものなのね。

 あたし、いつまでも、いつまでも、五エ門さんと一緒にいたかった‥‥‥

 でも、あたし、彼をだまし続ける事ができなかったの。どうしても、できなかった‥‥‥

 それに、彼のためにも、あたしがいたらダメなのよね‥‥‥これでいいのよ‥‥‥

 あたし、もう二度と人間には惚れないわ。絶対よ。もう二度と、こんな苦しい思い、したくないもん‥‥‥

 あ〜あ‥‥‥切ないな‥‥‥

 今回はフェラにも手伝ってもらっちゃった。わかった?

 あの、あたしを斬った浪人よ。フェラに頼んで、やってもらったの。

 何もわざわざ、あんな事する必要ないじゃない。消えれば済む事でしょて、フェラに言われたわ。

 でも、あたし、彼の前では、ずっと人間でいたかったの。人間のままで死んで、彼の思い出の中で生きていたかったの。

 ちょっと話に無理があったかもしれないけど、ああするしかなかったのよ。

 あ〜あ、こんな時はお酒飲むのに限るわね‥‥‥

 酔雲爺さんがいいわ。あの爺さんなら、あたしの気持ち、わかってくれるわ。

 爺さん、捜しに行こ。
第三部 無住心 38.39.
2007年10月04日(木) 10:54

38




 酔雲は山小屋にいた。

 ラーラはお鶴の格好をして入って行った。

「爺さん、久し振りね」

「何が久し振りだ。昨夜(ゆうべ)、みんなで大騒ぎしたじゃねえか。寝ぼけるな」

「あれ? あれは昨夜だったの? なんか変だな」

「何言ってんだ。おっ、お前、随分、綺麗じゃないか」

「わかる?」

「ああ。お転婆娘から急に色っぽくなったぞ」

「あたしね、恋をしちゃった」

「ほう‥‥‥お前でも恋をすると綺麗になるのか」

「ねえ、聞いて。あれから、色々あったのよ」

「あれからって、昨夜からか?」

「そう。あれから、あたし、人間界に行って踊りの先生になったのよ。帰って来たら、爺さん、死んでるんだもん。まったく、ずるいんだから。そして、その後、あたし、恋をしたの。それが、あたし、人間に恋をしちゃったの。いい男よ」

「ほう、そいつはきっと、わしの若い頃じゃろ」

「何を言ってんのよ。爺さんに若い頃なんてあるわけないじゃない」

「馬鹿もん。わしだって、ちゃんと若い頃があったんじゃ。わしの若い頃をお前が見たら、お前は間違いなく惚れるよ」

「冗談ばっかし。あたしは爺さんなんかに惚れないわよ」

「そうか。まあ、わしの事はいい。お前が惚れた奴ってのは、どんな男じゃ?」

「剣術使いなの。強いんだから。ねえ、爺さん、五エ門さん、知ってるでしょ?」

「五エ門? 石川五右衛門か?」

「違うわよ。針ケ谷五郎右衛門よ。知ってるでしょ?」

「ああ、知っておる。お前、針ケ谷夕雲に惚れたのか?」

「せきうん?」

「ああ、針ケ谷五郎右衛門夕雲ていうんじゃよ。お前も大した男に惚れたもんじゃな」

「当たり前じゃない。あたしが惚れたくらいだもん。大した人よ。やっぱり、爺さん、あたしの五エ門さん、知ってたのね。さすがよ、話がわかるわ。いい男でしょ?」

「ああ、いい男じゃ。お前が夕雲に惚れたか‥‥‥お前もいい女じゃな」

「そんな事、決まってるじゃない。ね、お酒飲もう、お酒飲もう。今のあたしの気持ち、わかるでしょ。切ないのよ。この小さな胸が張り裂けそうに苦しいの。もう、あたし、二度と、あの人にと会えないのよ。わかる? このあたしの気持ち‥‥‥」

「わかる、わかる」

「だから、あたし、爺さん、好きよ」

 ラーラは切ない胸の内を酔雲に打ち明けながら酒を飲んだ。

 飲んで、飲んで‥‥‥

 泣いて、泣いて‥‥‥

 自分の涙だけで足りなくなると雨まで降らせて、

 朝まで泣き続けた。


河島英五ベストセレクション&ベストライブ「生きてりゃいいさ」







39




 思い切り泣いたら、何だか、すっきりしたわ。

 あたしね、しばらく、旅に出る事にしたの。恋の痛手を癒すには旅が一番ですものね。

 酔雲爺さんがまた、インドに行くって言うんで、あたしも一緒に行く事に決めたの。

 インドにはクリシュナっていういい男がいるらしいし、あたしの五エ門ちゃんにはかなわないだろうけど、ちょっと彼と遊ぶのも面白そうだしね。

 でも、ここでちょっと問題があるのよ。あの爺さん、もう、いい年じゃない。どうやったって、あたしとは釣り合わないのよね。若くて綺麗なあたしとあんな爺さんが一緒に旅してるなんて、何か変じゃない。かと言って、あたしの方が爺さんに合わせて、お婆ちゃんに化けるわけにもいかないもんね。そんな事したら、誰も相手にしてくれないし、どう見てもマンガよね。お爺さんとお婆さんが杖ついて旅してるなんて、昔話にも出てきやしないわ。

 だから、ここでちょっといたずらをするの。あの爺さんを若返らせちゃうのよ。

 これは内緒よ。あの爺さん、わしの若い頃を見たら、あたしが惚れちゃうだろうなんて言ってたけど、どんなもんだか見ものだわ。

 あたしにはとても想像もできない。面白いでしょうね。

 悔しいけど、今の爺さんには、あたし、かなわないわ。でも、若い頃なら何とかなりそうよ。

 あたし、若き日の酔雲爺さんを思いっきり、からかっていじめてやるわ。今に見てらっしゃい‥‥‥

 と言うわけで、皆さん、しばらく、さよならね‥‥‥

 あっ、それと、皆さん、あたしの遊びに付き合ってくれてありがとう。

 そして、遊んで下さった葛飾北斎さん、針ケ谷夕雲さん、その他の色々な人たち、色々な自然の方々、ありがとうございました。

 また、いつか、会いましょうね。

 バイバイ。


ガンジー

終章
2007年10月04日(木) 11:03











終章






酔中花とは山の中でも、


海の中でも、都会でも、田舎でも、


地球上のどこにでも、あるいは宇宙のどこにでも、


あらゆる所に、いつでも咲いている花の事である。


可憐な小さな花でもあり、


雲のような大きな花でもあり、


見る者の心によって、あらゆる形に、


あらゆる大きさに変化し、


あらゆる香りを漂わせる花の事である。




人間が、その花の事を忘れない限り、


その花は永遠に咲き続けている事だろう。


そして、宇宙が夢まぼろしであるように、


酔中花もまた、夢まぼろしの花である。









 | HOME | 




Designed by GALPOP BLOG + GALPOP.NET ----- Powered by DTIブログ -----