人間に興味を持った妖精のラーラが現在過去未来と遊びながら、少しづつ人間を理解していきます。
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第一部 月影 6.7.
2007年07月01日(日) 12:18




 テレビの画面

 都会の夜。

 ヨレヨレのコートを着て巨人軍の野球帽をかぶっている男(健二)、繁華街をさまよい歩いている。

 健二、あるマンションの前まで歩いて来る。酔っ払って足がフラフラしている。

 マンションを見上げる。いくつかの窓から明かりが漏れている。

 健二、マンションに入って行く。

 マンションの中、ある階の廊下。

 健二、エレベーターから出て来て、適当なドアをノックする。

 返事はない。隣のドアをノックする。

 女の声「あなたなの?‥‥‥遅いじゃない」

 ドアが開く。健二、中に入る。ドアが閉まる。

 マンションの一室。

 ドアにもたれて女を眺めている健二。

 女はナイトガウンをはおり、片手にウィスキーのグラスを持って立っている。

女 「あなた、誰?」

健二「‥‥‥」

 女に近づいて行く健二。後ずさりする女。

 テーブルに高級なスコッチとグラスが置いてある。

 ステレオから流れるショパンのピアノ。

女 「あなた、誰なの?」

健二「‥‥‥(女を見つめ、ニャッと笑う)」

女 「わたしに何の用です?」

健二「用?」

 健二、テーブルの前のソファーに座り込み、スコッチをグラスに注ぎ、一息に飲み干す。

女 「何の用なの? 早く言ってよ」

健二「いい酒だ」

 部屋の中を見回す健二。グラスにもう一杯、スコッチを注ぎ、一口なめる。

健二「あなたに死んでもらいたいんですよ」

女 「冗談、言わないでよ」

健二「冗談ではありません。あなたは選ばれたんですよ」

女 「何、言ってんの。どうして、わたしが選ばれなければならないのよ」

健二「それが、あなたの運命なのです。運命に逆らってはいけません」

女 「勝手な事、言わないでよ。わたしはまだ生きていくわ」

健二「それはできません。僕はあなたを殺さなければならないのです。それが、僕に与えられた運命なのです。運命に逆らうわけにはいきません」

 グラス越しに女を見ている健二。急に笑い出す女。

女 「あなた、気違いでしょ。病院、抜け出して来たのね?」

健二「僕は正常です。世の中の方が狂ってるんですよ」

 笑っている女。

女 「そうね、きっと、あなたは正常よ。でもね、わたし、暇じゃないの。あなたと遊んでる時間はないのよ。もう病院にお帰りなさい」

健二「そう急ぎなさんな。のんびりしましょう。ゆっくり座って、このうまい酒を楽しみましょう」

 健二、静かにスコッチを飲む。

 女、健二の向かいに腰を下ろし、健二を見ながら、今まで手にしていたスコッチを飲む。

 健二、女のグラスにスコッチを入れてやる。

健二「ねえ、あんた、いい女だね」

 健二、自分のグラスを女のグラスに当て、女の顔を見て笑う。

女 「そう‥‥‥ありがとう」

 女、グラスを手に持ち、ソファーの背にもたれ、健二を見つめる。

女 「わかったわ。あなた、小池さんに頼まれたんでしょ。ね、そうでしょ。お金ならあげるわ」

健二「この酒は実にうまいですね。あんたは綺麗だし、音楽も悪くない‥‥‥」

女 「ね、いくら欲しいの? 五十万でいいでしょ。わたし、百万なんて持ってないわ、本当よ」

 女、グラスを置いて立ち上がろうとする。

健二「僕は小池さんなんて知りませんね。それに金なんて欲しくない。欲しいのは、あんたの命だけですよ」

女 「気違い! 警察、呼ぶわよ」

 女、立ち上がり、電話の所に行く。

 健二、テーブルの上のタバコケースからタバコをつまみ出し、口にくわえる。

健二「早く、電話したらどうです。僕は止めやしませんよ。ただし、警察だって暇じゃない。あんたがわめいたって、やって来やしませんよ。もっとも、あんたが死んでからなら、サイレン鳴らして喜んで飛んで来ますけどね。死んでから連絡しなさい」

女 「本当に警察、呼ぶわよ」

健二「どうぞ、ご自由に」

 女、受話器を取るが、ためらっている。

 健二、タバコに火を付け、煙を吐く。

 女、受話器を戻す。

女 「お願い、出て行って‥‥‥」

 健二、タバコを灰皿でもみ消して立ち上がり、穏やかな顔でゆっくりと女の方に近づく。

 女、後ずさりするが、壁の所で健二に捕まる。

女 「助けて、何でもあげるわ。宝石なら、あそこにあるわ。本当は百万円もあるのよ。ほら、あの中に隠してあるわ。ね、みんな持ってっていいわ」

健二「これは避ける事のできない運命なんですよ。気持ちよく諦めて下さい」

 健二、女の首にゆっくりと手をかける。

女 「ね、冗談はやめて。あなたに何でもあげるわ。わたしの体も好きにしていいわ」

 女、ガウンを脱いで、健二に抱き着く。

女 「ね、わたしを抱いて、ね、お願い‥‥‥」

 健二、顔色も変えずに、少しづつ手に力を入れていく。

女 「お願い、命だけは助けて‥‥‥」

 健二、女の首を絞めていく。

女 「やめて! 気違い!」

 あばれる女。

女 「誰か来て!」






酔中画2-Y034







「あなた、どうしたの?」と麗子が昭雄を見て言った。

 昭雄は頭を抱えるようにして唸っている。

 突然、昭雄の脳裏にテレビの画面と同じシーンが浮かんで来た。自分がまだ子供の頃、見たシーンなのか、それとも、生まれる前の事なのか、よくわからないが、はっきりと、ある男がある女の首を絞めているシーンが浮かんで来た。しかも、その男の顔も女の顔も確かに見覚えがあった。名前まではわからないが、確かに、その二人の事は知っていた。そして、首を絞められて苦しみもがいている女の顔がありありと見えて来るのだった。昭雄はこんな幻想など吹き飛ばそうと努力してみるのだが無駄だった。

「どうしたの、大丈夫?」という麗子の声が遥か遠くから聞こえて来るような気がした。

「助けて!」テレビの中の女が最期のかすれた悲鳴をあげた。

「やめてくれ!」昭雄は叫んだ。そして、麗子の首を両手でつかみ、自分では意識せずに麗子の首を絞めていた。

「冗談はやめてよ。ね、あなた、どうしたの? 苦しいわ‥‥‥ちょっと、やめてったら‥‥‥」麗子の声が脳裏から消えない女の悲鳴とだぶった。

 女はぐったりとして倒れた。

 昭雄の脳裏から幻影は消え去った。

 健二は倒れている女を無表情に見下ろしていた。静かに流れるショパンのピアノ。

 麗子は食卓の上にぐったりと死んでいた。

 部屋の隅では赤ん坊が泣いている。

 窓の外からは酔っ払いのわめき声と飲み屋から流れる音楽。

 昭雄は呆然とテレビを見ていた。

 健二はスコッチをラッパ飲みしながら、夜の街をさまよい歩いていた。
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