人間に興味を持った妖精のラーラが現在過去未来と遊びながら、少しづつ人間を理解していきます。
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第三部 無住心 17.18.
2007年09月24日(月) 14:13

17




 五郎右衛門は朝から木剣を振り続けていた。

 昼頃、和尚がのっそりと現れた。

「おっ、また棒振り禅を始めたな」

「和尚、教えてくれ。新陰流を忘れろとは、どういう事なんじゃ?」

「まだ、そんな事、言っとるのか?」

「わしにはわからん」

「それじゃよ。その構えをやめる事じゃ」

「構えをやめる?」

「そうじゃ。いちいち構えるな。構えあって構えなしじゃ。行くな、戻るな、たたずむな、立つな、座るな、知るも知らぬも。喝!」

 それだけ言うと和尚は帰って行った。

 五郎右衛門は木剣を持ったまま、たたずんでいた。

「行くな‥‥‥戻るな‥‥‥たたずむな‥‥‥立つな‥‥‥座るな‥‥‥知るも知らぬも‥‥‥何じゃ、こりゃ?‥‥‥構えあって構えなしじゃと‥‥‥くそ坊主め、わけのわからん言葉を並べやがって‥‥‥くそったれ!」

 五郎右衛門は立ち木を思い切り木剣で殴った。

 休まず、殴り続けた。

 頭の中にかかっている靄をすべて、叩き出してやろうと五郎右衛門は立ち木を打ち続けた。

 日暮れ前、お鶴が酒をぶら下げてやって来た時、五郎右衛門は立ち木の側に倒れていた。

「ちょっと、五エ門さん、そんな所で寝てると風邪ひくわよ」

 お鶴は五郎右衛門を揺すり起こそうとしたが無駄だった。

「どうしたんだろ? 死んじゃったのかしら?」

 お鶴は小川から水を汲んで来て、五郎右衛門の顔をめがけて、思いきりぶっ掛けた。

 ウーンと唸ると五郎右衛門は気がついた。

「五エ門さん、ダメよ。あたしに内緒で死んじゃ」

 五郎右衛門は立ち上がる木剣を拾い、素早く一振りした。

「違う‥‥‥」

「どうしたの?」

「倒れる前、何かがわかりかけたんじゃ‥‥‥何かが‥‥‥」

「そう、もうすぐだわね」

 次の日も、吹雪の中、五郎右衛門は倒れるまで立ち木を打っていた。

 そして、お鶴が水を掛けると目を覚ました。






18




 珍しく、お鶴は昼前にやって来た。

 五郎右衛門は立ち木を相手に木剣を振っていた。

「今日はこれまで」とお鶴は五郎右衛門の前に立ち、とっくりを見せた。

「毎日、同じ事ばかりやってても、つまんないでしょ。今日はちょっと気分転換しましょ」

「昼間から酒を飲むのか?」

「そう。お花の下でお酒を飲みましょ。今、桜が満開なのよ」

「馬鹿言うな。桜なんか今頃、咲いているか」

「山の中だから遅いのよ。今、丁度、満開なんだってさ」

「花見なぞに興味ないわ」

「そう言うと思ったわ。でもね、陰流の流祖で愛洲移香斎(あいすいこうさい)って人、知ってるでしょ?」

「ああ、知ってる。上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)殿のお師匠様じゃ。それがどうした?」

「その移香斎って人が悟りを開いたっていう洞穴が、その桜の木の側にあるんですって」

「嘘つくな。移香斎殿が悟ったのは日向(ひゅうが)の国(宮崎県)じゃ」

「あたし、そんなの知らないわよ。でも、このお山にもあるんだって、和尚さんが言ったのよ」

「あの和尚の言う事は当てにならん」

「行ってみなけりゃわからないわ。ねえ、行きましょ。たまには剣の事を忘れてみるのもいいわよ。『何事もなき身となりてみよ』っていうでしょ。ねえ、行きましょうよ。お弁当もお酒も用意して来たのよ」

 お鶴に誘われるまま、五郎右衛門は出掛ける事にした。ここらで気分転換してみるのもいいだろうと思った。

 五郎右衛門は今、分厚い壁にぶち当たっている。正攻法でいくら攻めても壊れそうもない。この辺でちょいと搦(から)め手から攻めてみようと思った。

 不思議な事に、お鶴の言った通り、桜は満開だった。

「あたし、初めてよ。桜の花の満開の下でお酒を飲むの。あたし、一度、やってみたかったのよ。好きな人と二人っきりでさ」

「わしも初めてじゃ。何だかんだと忙しくて、のんびりと桜の花など見た事もなかったわ。実に見事なもんじゃのう」

「はい、どうぞ」とお鶴五郎右衛門の酒盃(さかずき)に酌をした。

「まさか、毒は入ってないじゃろうな」

「さあ、どうだか‥‥‥入ってるかもしれないわね。何しろ、あなたはあたしの仇なんだから。飲んでみる?」

「死んだら、わしの供養をしてくれ」

「任せといて」

 五郎右衛門は酒盃をあけた。

「うまい」

「フフフ、飲んだわね。あなたはもうすぐ死ぬわ。今度はあたしにお酌して」

 二人の酒盛りが始まった。

「松により散らぬ心を山桜、咲きなば花の思い知らなむ〜」

「何じゃ、そりゃ?」

「西行(さいぎょう)法師の歌よ。あたしのね、父親は歌詠みだったわ。意味はよくわからないけど、この歌だけは今でも覚えているの。桜が咲いている頃、父親は亡くなったわ。そして、母親も次の年に亡くなった‥‥‥だから、あたし、桜の花が嫌いだったのかもしれない」

「今はどうなんじゃ?」

「今は好きよ。こんな綺麗な花はないわ。パッと咲いて、パッと散る‥‥‥それが一番いいのよ。さあ、じゃんじゃん飲みましょ。はい、五エ門さん」

「かたじけない」

「なに、他人行儀な事、言ってんのよ。あたしたちは普通の仲じゃないのよ」

「どんな仲じゃ?」

「やだ、すぐ忘れるんだから、仇同士じゃない」

「仇同士っていうのは、こんなに親しい仲なのか?」

「そうよ。憎さあまって愛しさ百倍って、昔からよく言うじゃない。あたし、もう、あなたの事が憎くって憎くってしょうがないんだから。あなたはどう? あたしの事、憎い?」

「ああ、憎いのう」

「まあ、憎らしい。いいわ、あたし、あなたのために踊ってあげる」

 お鶴は満開の桜の下で、鶴のように舞い始めた。


西行のすべて

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